2014年5月2日金曜日

どらごんたらし 6章

「行きたくねえ………」

ジハードを飼っている洞窟の中。
俺は地面にうつ伏せで寝そべるジハードに、ワックスをかけながら呟いた。
「誰が言い出したんだかな。試合後のパーティーなんて。負けたやつとか行きにくいだろうに。それに、俺みたいなクラスで浮いてる友達いないぼっちはどうすりゃいいんだよ。苦痛以外の何物でもないだろ」
アリサとの決勝戦の数日後。
今日は、闘技大会の優勝祝賀パーティーの日。
あの時の大会参加者達の傷は、保険医によってその日のうちに癒されていた。
あれだけジハードが暴れまわり、観客に怪我人が出なかったのは奇跡だとまで言われた。
試合後、ジハードによってめちゃめちゃに破壊された、ステージの片付けは大変だったらしい。
そして、今はそんな事よりも。

「優勝者が出席しないってのもなぁ………」

そう。
あの時、ジハードの放ったサンダーブレスから、アリサを突き飛ばして助けた俺は、そのままブレスの直撃を受けた。
そして、俺は意識を失ったらしい。
あれだけ凶暴だったジハードは、俺が気を失うと同時に、いつもの大人しい状態に戻ったそうだ。
そして俺が意識を失って、学園を休んでいる間に、なぜか俺が優勝者ということになっていた。
俺はアリサを庇って意識を失ってしまったので、大会の規定ではアリサが優勝のはずなのだが……。
アリサいわく。

『最後の最後、あいつに助けられなかったら、私は優勝どころか、命だってなかったでしょう?あんな状態で勝利者を名乗れるほど、私は恥知らずじゃないわよ』

………ということらしい。
規則では、最後まで残っていたアリサが優勝なのだからと周囲が言っていたらしいが、結局アリサが頑として譲らなかったらしい。
そして、表彰なんてものは、通常は大会が終わったらその場でやるのだが、今回遅れたのは俺が瀕死だったためだ。
ジハードと契約を結んだドラゴン使いでなかったら、ジハードの本気ブレスを食らっていたら間違いなく蒸発していただろうとは、担任の話。
ドラゴン使いの能力は、契約を結んだドラゴンによって違うものになる。
電撃ブレスを扱うジハードは、雷に強い耐性を持っている。
契約者の俺にも、その強い耐性が備わっていたからこそ、黒コゲになってしばらく寝込む程度ですんだらしい。
ジハードも悪気があったわけじゃないし、むしろ魔獣に押し潰された俺を見て、怒りに任せての本気ブレス。
死に掛けはしたものの、主としてはちょっとだけ嬉しくもある。
しかし………

「アリサのやつ、ありがた迷惑なんだよなぁ………」

俺の独り言に、ジハードが赤い瞳を見開いて見つめてくる。
言っている事は分かっているのか分かっていないのか。
だが、俺が嫌がっている雰囲気は分かるのだろう。
慰めようとしてくれているのか、鼻先を、グイと俺の腹の辺りに押し付けてきた。
愚痴ってないで、早く鱗を磨けよって事かもしれんが。
俺は鱗を磨く作業を再開しながら、尚もジハードに愚痴をこぼす。
「分かるか、ジハード。表彰式の後、パーティだぞパーティ。普段碌な人付き合いのない俺にとっては、罰ゲームだっての。しかも、あんときのブーイング聞いたろ?みんなアリサが優勝するのを期待してたのに、学園でもぶっちぎりでダメ人間扱いの俺が優勝だよ?いくら俺でも、その辺の空気ぐらい読めるっつーの」
ジハードが、そんな俺の顔をじっと見つめている。
………飼ってるドラゴンに一人愚痴こぼすとか、痛過ぎるな。
「ごめんな、ジハード。お前にこんな事言ってもしょうがないよな。………っと、よし、綺麗になった。よし、今日も美しいぞジハード」
ツヤツヤに磨き上げたジハードを眺めながら、俺は満足気にうなずいた。
「しゃあない、行くか。ジハード、お前はいい子に留守番しててくれよ。……行ってくる!」

ジハードの洞窟を出ると、辺りがすっかり暗くなっていた。
愚痴をこぼしながらワックス掛けをしていた所為で、いつもより時間がかかってしまった。
「やばいな、遅刻か?まぁ、できるだけ遅れて行きたい所なんだけど………、ん?」

………なんだ?
今、出てきた洞窟内が一瞬光った様な。
気のせいか?
それとも………。

「ジハードが、ブレスでも吹いたのかな?」

とっとと着替えを済ませて、行くか!

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「………ま、こんなもんか」

パーティ会場。
すっかり遅刻してきた為、着いた頃には表彰式は終わっていた。
担任に一通り叱られた後、仰々しく貰ったトロフィーその他をその辺に置く。
そして、最初は会場の人間も、一応の優勝者ということでそれなりに人は集まってもきたのだが………。
「やっぱあいつら、人気あんなー」
学園のアイドル的存在の、アリサとラミネス。
2人の周囲には、多くの人だかりができていた。
二人も、遅れてやってきた俺に気づき、気にしている様だが、取り巻きが放してくれないのかこちらに来れずにいるようだ。
普段二人に面識のない連中が、大会での健闘を称えつつ、なんとか接点を持とうとしきりに話しかけている。
ラミネスには、女子だけでなくそこそこの男子も取り巻いてはいるものの、アリサの方には女子しか集まってきていない。
あの、魔獣使いの私に近寄ってくるのはあんたぐらい、とか言っていたのは本当らしい。
まあ、普段魔獣を引き連れているから近寄らないのではなく、みんな高嶺の花として見ていて近づきがたいだけだと思うのだが。
ラミネスの場合は、男子も女子も関係なく、人懐こそうなラミネスに、しきりに何か食べ物を持ってきている。
ラミネスの食べっぷりに好感が持てるのかもしれないが、なんだかみんなにエサを与えられ、かわいがられている犬的な何かに思える。
俺が話せる相手といったらこの二人ぐらいしかいないのだが、この人だかりの中、二人に声をかけるほど空気の読めない訳じゃない。
幸い、立食形式の会場には、うまそうな料理だけは大量に並んでいる。
しばらく寝込んでいた所為でロクに物も食べていない訳だし、ラミネスではないがここはひとつ、栄養たっぷり取っておこう。

「………たく。今日の主役が、なんでこんな所で一人で飯食ってんだよ」

声をかけてきたのは、
「おお、閃光のジョン、なんだ、お前も一人か?」
「おい、誰がジョンだ!俺は閃光のジョイス………でもねえ!あのなギース、お前にはちゃんと言っときたい事がある」
「おおう、何これウメエ!ジハードへのお土産に持って帰ってやろうかな」
「聞けよおおおおおお!」
なんて落ち着きのない奴だ。
「やかましいなあ。ほれ、鳥足分けてやるから落ち着けよ」
「いらねえよ!分けてやるもなにも、お前が用意した料理じゃねえだろ!」
はあはあと荒い息を吐きながら、ジョイスがようやく落ち着く。
「………ったく、なんでこんな奴がこの学園最強なんだ?本気で意味がわからねえ。お前、分かってんだろうな?お前はアリサを倒したんだ。このままいけば、卒業の際の就職先には困らねえ。王国の騎士様でも、金持ちの用心棒でも何でもだ。冒険者なんてヤクザな商売なんかやる必要はないってもんだ」
「………?みんな、冒険者になりたいからこの冒険者学園に入学したんじゃないのか?」
俺の言葉に、ジョイスが鼻で笑った。
「そもそも、冒険者をなんだと思ってるんだ?一攫千金夢見てる連中だぞ?だが、その大半が志半ばで命を落とすか、かろうじて食っていけるだけのお宝を迷宮から持ち帰るのみだ。魔獣使いやドラゴン使いになりたい、みたいな、ちゃんとした目的を持ってここに来たお前やアリサなんてのは、特別なんだよ。大半の連中は、金がない家に生まれたが、成り上がりたいって夢を見た連中だ」
「………お前もその口?」
「さあ、どうかね?案外俺も、お前やアリサんとこみたいに、代々続く名門の家系の生まれだとか言ったらどうするよ?伝説の勇者の末裔とかかもな?」
「お前はもうこの学園の伝説だろ?スカウトなのに、まさかの快進撃を成し遂げた、閃光のジョイス」
「………お前はいい奴なのか、ろくでなしなのか、たまに分からなくなる時があるな。まあいい。そんな事より、食いまくってやろうぜ、同じお荷物職同士よ。しかし、優勝者と準決勝に勝ち進んだ男達がいるってのに、誰も声もかけてきやがらねえ。どっかに、いい女でも………」
ジョイスがそこまで言いかけて、突如ほうけたような顔をした。
「おいジョイス。お前、ただでさえ残念な顔が、もう目も当てられない事になってるぞ」
俺の突っ込みにジョイスは怒りもせず、ある一点を見続けている。
ふと気づくと、ジョイスだけではなく、周囲の人間、どころか、雑談に興じていたアリサやラミネスまでもが、そこを見つめていた。

パーティ会場の入り口を。

正確には、入り口に立つ一人の女性。
艶やかな長い黒髪に、モデルを思わせる完璧な体系。
黒いドレスを見事に着こなし、白い肌がドレスの色に相反して見事に映えた。
そして、印象的なのはその、切れ長の赤い瞳。
人間とは思えないほど整い過ぎている顔立ちは、美人だが、人を寄せ付けない冷たい印象を与えている。
それは、どこぞの王侯貴族の令嬢か、王国の一級秘書官を思わせた。
会場中がなぜかシンと静まり返る中、皆の視線を一身に集めたその美女はこちらに向かって歩いてくる。
人々のそばを通るだけで小さなざわめきが起こる中、その美女は周囲の声や視線など全く意にも介さずに。
「ちょちょちょ、こここここ、こっち来る、来てるぞギース!」
先程までは、いい女が声かけてこないものかと嘆いていたジョイスは、レベルが高過ぎる美女は荷が重過ぎるのか、慌てた様子で俺から距離を取り、人ごみの中に紛れ込んだ。
なんというチキン野郎。
ジョイスが俺から離れるのを見送っていると、その美女は俺の前へと立っていた。

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「こんばんは、優勝者のギース様。よろしければ、ご一緒させて頂いてもいいでしょうか?」
そういって、今までの印象とはうらはらに、柔らかな、そして穏やかな微笑を浮かべる。
周囲がざわめき、そして遠くアリサとラミネスが、聞き耳を立てているのが分かった。
一体何をしてんだあいつらは。

と、いうか。

「ギース様はやめてくれよジハード。俺の事は呼び捨てでいいよ呼び捨てで。留守番しててって言ったのに、ついて来ちゃったのか」

「「「へっ?」」」
ちょっと離れたところで様子を伺っているアリサとラミネス、そして、赤い瞳の美女………ジハードが、驚いた声を上げる。
俺は構わず。
「首輪や鎖は………、まぁ、人の姿を取れば、サイズ的に外れちゃうよなあ」
「なっ!?ギース様………いえ、主。その、な、なぜひと目で分かったのですか?」
「「ええっ!?」」
呆然としたまま言ってくるジハードの言葉に、アリサとラミネスが驚きの声を上げている。
「何を言ってんだ。俺はドラゴン使いだぞ?大切な自分のドラゴンが、例えどんな姿に変わってたって分からないはずがないだろ?」
今更何を当たり前の事をと、ジハードに言ってやる。
「ッ!!」
それを聞くと、息を呑み、硬直したまま動かなくなるジハード。
ちょっと離れたところでは、アリサとラミネスがなにやらコソコソやっていた。
「ちょっと、たらしよたらし。あいつ、天然のたらしだわ。サラッと当たり前のように一撃必殺な殺し文句吐いたわよ」
「先輩は、ドラゴン相手だと超廃スペックになる気がします。あんな事言われたら、そこらのドラゴンなんか軒並みコロッといっちゃいますよ。う………、いいなぁ………」
遠くてよく聞き取れないが、あの二人、大会で戦ってからなんか仲良くなってないか。
「………主」
硬直していたジハードが、腕を組み、取り繕うように一つ咳払いをする。
「………主。その………、一人きりかと思って来てみたのだが、私が来た事で友人が逃げてしまったのか?余計なことをしてしまったかな」
そういいながら、ジハードは俺には目を合わせようとせず、幾分落ち着きなさげに、遠く離れたところから様子を伺うジョイスを見る。
俺は、ジハードに近づくと、その白い頬を両手で挟みこんだ。
「お前、顔赤くないか?数百年ぶりに起きたばかりだってのに、いきなり大会で暴れさせたり、ここんとこずっと人通りの多いとこ連れまわしてたからな。ドラゴン風邪にでもかかったんじゃないだろうな?………あ、もしかしてここに来たのは、俺が一人でパーティ行きたくないって愚痴ってたから、心配して来てくれたのか?」
「だ、大丈夫、風邪なんかひいていない!顔が赤いのは主が唐突にあんな事言うからだろう!一人は可哀想だと思って来たのは事実だが、それ以外にも用が………いや、近い近い、主、顔が近い!」
頬を触って熱を測ろうとした俺の手を、ジハードが慌てて掴み、目尻にうっすら涙を溜め、今にも泣き出しそうな赤い顔で掴んだその手を引き剥がす。
こんな表情をしていると、せっかくのクールな印象を与える綺麗な顔が台無しだ。
「なんだよ、せっかく熱測ってやろうと………。お前ドラゴン化してる時は、今よりもっと顔近づけて、俺のことクンクンしてくるくせに。てか、唐突にあんな事って、ジハードを泣かせるようないじわる言ったっけ?」
「そそ、それはもういい!それに、ドラゴンの姿をとっているときは、ほとんど本能だけの状態なのだから、仕方ないだろう!ああもう、そ、そんな事よりも!」
ジハードが唐突に真剣な表情になると、真っ直ぐ俺の目を見つめてきた。
「な、なんだ?ドラゴンフードの質を上げろとか、散歩の時間を増やせとか、そんな話か?」
「違う。飯はうまいし、散歩の時間も十分だ。ただ、もう少し一緒に遊ぶ時間を増やしてくれると………。いや、今はそれは置いておき。主。私がこの姿になる為には、竜の姿のときの私が、人の姿をとろうと思わなければこの姿にはなれない。そして、竜の姿になるのも、今の私が竜の姿をとろうと思わなければ、ずっとこのままだ。どちらも同じ私だが、人の姿をとれた今、主に話しておきたい事がある」
「な、なんでしょう?」
俺がご主人様のはずなのに、思わず敬語になってしまう。
「では言わせてもらうが………、主、先日の、あの戦いはなんだ。そこの娘との戦いの事だ」
言って、ジハードの指差す先には、未だラミネスとコソコソと話をしていたアリサの姿。
「えっ!な、なになに、私!?」
アリサが突然話の矛先を向けられて、慌てふためいている。
「え、ええと………、なんだとは、なんでしょうか………?」
俺はジハードの勢いに呑まれたまま、質問の意味が分からずに、恐る恐るジハードにたずね返す。
「主。あの戦いの中、この娘は主に全力で挑んできた。そして、最後には主に魔獣をけしかけ、押し潰そうとしたではないか。私は、あれを見た瞬間に頭に血が上り、主を殺そうとしたこの娘を滅してやろうと思ったのだ」
「あ…あうあう………」
アリサが、気まずそうに目をそらしているのが見て取れる。
「それが、なぜこの娘を庇った?私はシェイカー一族を守り、仕え、支え続ける上位ドラゴン。ジハード=シェイカーだ。私はあなたを守る者。決して、あなたを害する為にあなたと契約したのではない」
ジハードは、ただ真っ直ぐに俺を見つめてくる。

つまり、このドラゴンは。

「私は、あなたを守る為に契約したのだ。そこの半人前の、敵討ちの為に契約したのではない」
「は、半人前って私の事ですか!?」

ひたすらに俺の一族に仕えてきてくれた、この忠実なるドラゴンは。

「お願いがあります、わが主。私はあなたを守る者。今後、どの様な事があろうとも。あなたを傷つける事をしたくない」

俺の為に、怒り、暴れ、アリサを消滅させようとしたわけで。

「私は、ずっとあなたに仕え、ずっとあなたのそばに居る。あなたの命が尽きるか、私の命が尽きるまで」

その、俺の為だけに尽くしてくれるドラゴンが、不安気な顔で問いかけた。

「………私は、ドラゴンの中でも特に凶暴で、凶悪なブラックドラゴン。今後、主に色々と、不快な思いをさせるだろう。怖い思いもさせるだろう」
俺と一度も目を合わせずに。
まるで、叱られるのを怖がる子供のように。
俺なんか指先一つでひねり潰せるはずの、その強大な力を持つドラゴンは、不安げに俺に問いかけた。

「それでも主は、私をそばに置いてくれますか?」

俺はジハードを思い切り抱きしめた。

「当たり前だろうがあああああああ!ちきしょー、ジハード、愛してる!」
「あ、あのっ、主!人前です!おやめください!」

抱きしめられたジハードが、泣きそうな顔で真っ赤になりながら俺の背中をバシバシしてきた。
人前もクソも、ドラゴン使いとドラゴンが人前でくっついていてなんの罪があるだろうか。

「ちょ、ちょっと先輩!こんなところでいやらしい!そういう事は巣穴に帰ってやるべきです!」
お前も言っている事がずれている。
「そんなことよりジハードさん。あなた、人の姿をとれるって事は、上位のドラゴンだったんですね」
俺に抱きしめられたままのジハードに、ラミネスが聞いてくる。
「ああ、そうだ、半人前。私は本来なら、お前のようなひよっ子が話しかけられる様な相手ではない。そこら辺が分かったなら、私の主にちょっかいを出すのはやめる事だな」
凄んでいるジハードだが、俺に抱きしめられた状態ではイマイチ決まらない。
むっとしたラミネスが、ジハードに食って掛かる。
「何言ってんですか。先輩と出会ったのは私の方が先ですよ。しかも、契約を結んだのも私の方が先です!そっちの方が引っ込むべきでしょう!」
「お前みたいなはんちくりんが、主と契約など片腹痛い。それに、主がどちらを選ぶか等すでに決まっている」
そう言って、ジハードは抱きしめられたまま俺の背中に手を回し、ギュッと抱きしめ返してきた。
そしてそのまま、勝ち誇った様に、ラミネスに向かって鼻で笑う。
「フッ」
「むかーっ!ちょっと先輩!そんな年増といつまで抱き合ってるんですか、いやらしい!大体、はんちくりんって何なんですか!」
「お前みたいな、半端者のちんちくりんの事だ。ドラゴンハーフなど、色んな意味で中途半端ではないか。実力も半端。体型も半端。そのお子様な体型を見れば一目瞭然ではないか」
「………すううううううううっ………」
「きゃーっ!ちょっとラミネス、こんな所でブレスはやめて!ちょっと、あんたも止めなさいよ!この場で二人を止められるのはあんたぐらいでしょ!」
アリサがラミネスを羽交い絞めにして必死に止め、矛先が俺に向く。
ジハードを放し、俺は照れた様に頭をかきながら。
「いやあ、なんか、女二人に取り合いにされるこんな状況、多分俺の人生の中でもうないだろうなって考えたら、ついつい………」
「ああもう、こいつもダメだ!ちょっと誰か止めなさいよー!」

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「そういえばギース。あんたにまだ、お礼言ってなかったわね」

アリサが、唐突に言ってきた。
掴みあいを始めた為さすがにマズイと感じた俺は、二人を引き剥がした後、パーティ会場の食べ物を食い荒らしに行かせた。
ラミネスがジハードに張り合おうとするもので、さながら大食い大会の様相を呈している。
会場の連中は二人の食いっぷりに興味津々で、俺とアリサは二人、皆に開放された形となった。
「なんだいきなり。お前が礼なんて、どうしたんだよ」
アリサとは長い付き合いだが、それはお世辞にもいい関係とは言えなかった。
もちろん、改まってこんな事を言われる様な間柄でもない。
「私だって、助けてもらったらお礼ぐらい言うわよ。前から思ってたけど、あんた私をどんな人間だと思ってるのよ」
「学園の女王様で、俺を目の敵にしているラスボス的ななにか」
即答した俺に、アリサが嫌そうな顔で睨みつけてくる。
「あ、あんたねえ………。大体、今回だって私、どっちかって言うと被害者じゃない?去年はあんたのせいでロクな景品じゃなかったし、今年は私が景品にされるし。しかも、私普通に大会に出ただけなのに、なんで皆にここまで目の敵にされなきゃなんないのよ」
「う、ま、まあ俺も悪かったよ。………あっ、そういや景品で思い出した!俺優勝者だろ!お前に一日中いかがわしい事ができるんだよな!」
「違うわよ!いかがわしい事や法に触れる事以外なら命令していいってだけでしょ!」
アリサが赤い顔で必死に抗議する。
「うーん、俺が優勝するなんて考えてもいなかったしなあ。何させてくれようか」
「う………。正直、あんたってとんでもない事言い出すから怖いんだけど。お手柔らかに頼むわよ」
ふむう。
「………とりあえず、その色気のないスカートをおずおずとまくり上げて、上目使いでごめんちゃいって言ってみろ」
ピギンッ、という音を立て、アリサの持っていたグラスにひびが入った。
「………それで、いいのね?」
「嘘です、調子こいてすいませんでした。………てかいいよ、景品なんて。して欲しいことなんて特にないし。今回は俺とジハードも、ちょっとやり過ぎたと思ってたしな」
「う………、そ、そうよ、あんたあの時めちゃくちゃ怖かったわよ。私、あんたにあそこまでされる悪いことって何かした!?」
「常日頃から、一般人呼ばわりされてたぐらいだな」
「ごご、ごめんなさい………」
アリサが気まずそうに俯いた。
ちょっと調子に乗っていじめ過ぎたか。
苦笑しながら、アリサに言った。
「気にしてねえよ。長い付き合いだろ、俺の気の強さを忘れたのか?まあ、俺も色々悪かったな」
「……あんたのその、どんな相手でも物怖じしないで何でも言う所、実はちょっと気に入ってるわ。………あの時、助けてくれてありがとうね」
そう言って、アリサがふふっと微笑んだ。
「そう言えばさ」
アリサが話を変えるように、ひびの入ったグラスを指でいじりながら言ってくる。
「あんた、その………。あの時ジョイスが邪魔しに来なかったら何て言ってたの?」

あの時?

「あの時って?なんかあったか?」
アリサが俯きながら、グラスをいじる。
俯いている為、表情は見えないがほんのりと耳が赤い。
「その、あんたが私を景品にして、その告知の紙が張り出された日の事よ。ほら、あんたを追い掛け回して、袋小路に追い詰めて………」
「ああ、お前を口説いてた時の事か」
「く、口説………っ、そうよ!あんたが私を口説いてた時の事よ!あんた、途中で言いかけてたでしょ?ずっと、伝えたいけど言えなかった事があるって!それがちょっと気になってただけ!」
「なんだお前、本当にツンデレだったのか」
「違うわよ!ああもう、聞くんじゃなかった!」
真っ赤になっているアリサに、苦笑しながら。
「伝えたかった事ってのは………」

「あ――――――――っ!」

俺が言いかけたその時、空気を読めない後輩が大声を上げた。
「アリサさんが、ちょっと目を離した隙に先輩といい空気になってる!」
「ほう、これはこれは。人間のメスは狡猾で、つがいになる為には手段は選ばないと聞くが、本当だったな」
そこには、満腹になったのか、いつの間にか戻ってきていた二人。
「ちょ、ちょっと!別にいい空気になんてなってないってば!それに、人間のメスって言わないでよ!」
必死に弁解するアリサに、二人は。
「まったく!以前ならともかく、先輩はもう私と契約結んでるんですから、取っちゃダメですよ?」
「お前も引っ込んでろ半人前。我が主にちょっかいを出すなら容赦せんぞ、人間のメス」
「ああ、もう!あんた飼い主でしょ?なんとかしなさいよ、この二人!」
アリサが泣きそうな顔で、俺に助けを求めてきた。
「もうちょっとお前が追い詰められる様を見てみたい」
「この男はーっっっ!」
ジハードが、冷たい表情で、腕を組みながらアリサに向かっていい放つ。
「フン。人間は一年中発情期で常に交尾が可能だとは聞いていたが、本当らしいな。そんなに胸元の開いたドレスを着て、我が主に色目を使うとは。身の程を知るがいい、発情中の淫乱なメスめ」
「………………」
無言になったアリサが、指先だけをジハードに向け、ぼそりと一言つぶやいた。
『ライトニングブレア』
擬似的な電撃が、ジハード目がけて飛んでいくが、
「フンッ、こんなもの」
アリサが放った魔法を、ジハードが易々と身をかわす。
本物の電撃ではないとはいえ、普通はかわせる様な速さのものではないのだが。
「ギャー!」
ジハードが避けた後方で、聞きなれた誰かの悲鳴が上がった。
「ふふん、電撃は私には効かないから避けずともよかったのだがな。あまりにもノロマな魔法だったから、当たってやる気にもならなかったわ」
「………上等よ、刺し違えてでも痛い目見せてやるわっ!」
ヒートアップしてきた二人から離れた場所では、魔法が誰かに当たったのか、騒ぎが起こっている。
「ちょっと、このスカウトの人息してないわよ!」
「おい、こいつ大会でいいとこまでいってた奴じゃないのか?誰か治療術師を!」
「閃光のなんとか言う奴だ!おい、しっかりしろー!」
ラミネスが、拳を握り締めて叫んだ。
「アリサさん、ブラックドラゴンは土属性の魔法ぐらいしか効果がありません!私も加勢します!」
「いい機会だ、貴様もついでに始末しておいてやろう!主の周りをちょろちょろと、以前から目障りだったのだ!」
「ラミネス、あなたを強化してあげるわ!目を狙いなさい!目を!」
俺は、そんな光景を眺めながら。
去年は、一人でこの会場の隅っこで料理食ってたってのになと、感慨にふけっていた。
きっとこれからは、こんな騒がしくも楽しい毎日が続くのだろう。

「ちょっとギースさん、あなた優勝者なんでしょう!?この人達止めてくださいよー!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

誰もが寝静まり、虫の声すら鳴り止む時刻。
そんな時に、彼女の洞窟に来客があった。
そして、彼女も来客を予想していたのか、腕を組み、洞窟の中央にじっと立っていた。

「遅かったな」

彼女が、洞窟への侵入者に声をかける。

「いやあ、万が一にも先輩が起きない様に、気を使ってこの時間まで待ってたんですよ」
侵入者であるドラゴンハーフの少女が申し訳なさそうに頭をかいた。

遅かったとはいっても、別に約束などしてはいない。
しかし、来るのは分かっていた。
「………では、始めるか?」
「ええ、やりましょうか」
少女が拳を握り、構えをとるも、彼女は腕を組んだまま動かない。
「竜の姿にはならないんですか?」
彼女は、口元に薄く笑いを浮かべた。
「未だ竜の姿になれない子供相手に、本気など出せるか。それに、竜の姿で暴れると、主が起きるかもしれん」
「………人の姿だと、武闘家として常に修練を積んでる分、私のほうが有利だと思うんですけどね?後悔してもしりませんよ?」
「いいからとっとと掛かって来い。日が昇る前に終わらせたいからな。今日は主が公園に遊びに連れて行ってくれる日なのだ」
「………いいなぁ。やっぱりどうあっても勝って、メインドラゴンの座は私が貰い受けます」
「やってみろひよっ子が。同じ主人と契約を結んだドラゴン同士、必ず戦って順位付けをせねばならん。まあ主なら、分け隔てなく可愛がってくれそうではあるがな」
「ですねー。先輩は、何匹ドラゴンを飼ってもみんな平等に大事にしてくれる気がします。先輩の傍は、ドラゴンにとって居心地が良すぎます。きっと、これからもドラゴンが寄ってくるんだろうなあ」
「だろうな。そして主にたらしこまれる訳だ。まあ、こればかりは我々に決める権利はない。多くのドラゴンを従える。これもまた、優秀なドラゴン使いの証の一つだ」
「その度に、こうやって戦わないといけないのかぁ………。先輩は今頃のん気に寝てるんだろうなあ」
「戦うのが嫌なら、避ける方法があるぞ。主の元を去ればいい」
「お断りです。学園を卒業したら、ちゃんと飼ってもらうんですからね。先輩はまだその気はないみたいですけど」
「フン。今のところ主は私にゾッコンだ。毎日鱗にワックスがけまでしてくれるドラゴン使いなんて初めてだ。竜化できない奴には、この気持ちよさは分からんだろうがな」
「い、いいなあ………」
少女は羨ましそうな表情を浮かべるも、すぐに真顔に戻り、拳を構え、腰を落とす。
「シルバードラゴン一族のドラゴンハーフ、ラミネス=セレスです。いざ!」
彼女は、組んでいた腕を解き。
「ブラックドラゴン一族のジハード=シェイカー。さあ、くるがいい!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「おはよ。………って、あんたどうしたの?難しい顔しちゃって」

学園に向かう途中、アリサが声をかけてきた。
いつもは、もっと学園に行くのは早かったと思ったが、珍しい。
「いやな、昨日ジハードの鱗を磨いてたら、あちこちに小さい傷があってさ。大会で傷なんて受けてないし、どうしたんだろうと」
「あら、そういえば、竜の姿に戻っちゃったのね」
アリサが、俺が率いるジハードを見る。
その時。
「先輩、おはようございます!アリサさんも、おはようございます!」
朝から元気な声で、挨拶してくる後輩の姿。
「おーう、おはよ………って、お前どうしたんだそれ!」
「ちょ、ちょっとどうしたの!?大怪我してるじゃない!」
ラミネスは、右腕を包帯で吊りながら、頭にも包帯が巻かれた状態で駆け寄ってきた。
「いやあ、ちょっと強敵と戦いまして。まあ、強敵って言っても大した事ない相手だったんですけどね。ちょっと旗色が悪いと本気出して変身する様な………痛い!」
何か言いかけたラミネスの折れた右腕に、ジハードが頭をぶつけた。
「何するんですかジハードさん!せっかくくっつきかけてるのに、また折れるじゃないですか!」
ラミネスが抗議するも、ジハードはどこ吹く風で、ラミネスの腕の包帯をクンクンしている。
「お前、そんなすぐ折れた骨がくっつくのか?ていうか、一人でダンジョンでも潜ったのか?次からは俺も連れて行けよ」
「そうよ。ダンジョン探索には、少なくても魔法を使える人間やスカウトは必須よ。次からはジョイス辺りにも声かけてみなさいな」
「お前知らないのか?ジョイス、なんか知らんが重体で、しばらく学校休むらしいぞ?」
「ジョイスまで?全く、皆何してるんだか。ちょっとは私みたいに大人しくできないの?」
「お前が大人しいってなんの冗談だよ」
俺とアリサが並んで歩く後ろでは。
「ジハードさん、ちょっと知らんぷりしてないで、人の姿にでもなって謝ったらどうなんですか!?」
「キュー」
「キューじゃないですよ、かじりますよ?」
仲がいいのか悪いのか。
並んで歩く、ドラゴン二匹。
「そういえば。あんた、これからはなるべく一人でいない方がいいわよ。できるだけラミネスかジハードと一緒にいなさい」
アリサが、突然そんな事を言ってくる。
「なんで?まあ、言われなくてもジハードとは大概一緒に居るとは思うが」
疑問を返す俺に、アリサが深々とため息をついた。
「あんたねー。うちの学園は冒険者養成学園なんだから、基本的に生徒間の決闘なんかはむしろ推奨されてるわ。それどころか、対戦成績だってあるし、その成績によっては卒業時のプラスアルファにも関係してくるのよ。今まで、誰からも対戦なんて挑まれたことも、挑んだこともないあなたは詳しくは知らないかもしれないけれど」
「おう、初めて知った」
その答えに、アリサがまたため息をつく。
「あのね………。あんた、分かってないみたいだから言っておくけど。多分これから、学園内の色んなところで襲撃されるわよ?」
「な、なぜ!?」
悲鳴を上げる俺に、アリサがニヤつきながら言ってくる。
「なんせ、私に勝ったんだもの。私の場合は大概の相手に、場所を選ばずに力を発揮できるけど、あなたの場合は色々限定されてるしね。日頃隙だらけな訳だし、そりゃあいいカモってものよ。ふふっ、そういえば、まだこれを言ってなかったわね。優勝、おめでとう!」
「ちくしょう、いい笑顔しやがって!どうしよう、ジハードは竜化しちゃったしなあ」
俺は勢いに任せて、とんでもない事をしたんだろうか。
学園一の落ちこぼれから、一気に学園でのボーナスキャラになった訳だ。
今日からは、きっと色んな連中が俺の周りに集まってくれるのだろう。
もちろん、全員が敵意を持って。
「ジハードさん、包帯の匂いが気になるのか知りませんが、あんまり顔近づけないでくださいよ。またさっきみたいに折れてる所に当たったらどうするんですか………、痛い痛い!ちょっとジハードさん、包帯引っ張らないでください!ああっ、包帯食べちゃダメですよ!」

なにやらじゃれあっている二匹のドラゴン。
まあ、こいつらと一緒に居られるだけでも俺は幸運なのかもな。

「ほら、いくぞお前ら、遅刻するじゃねーか。帰ったら、最高級のドラゴンフード食わせてやるからな!」

                                          END

どらごんたらし 5章

「ふふふふっ、ふはははははっ、はーっはっはっは!」
「先輩、なんか顔と笑いが悪役っぽいです」

ここは闘技大会の選手控え室。ジハードは、試合までは外に繋いである。
俺は、この大会での勝利を確信していた。
正確には、俺の勝利を、ではない。
ラミネスが優勝してくれる事をである。

闘技大会は全員参加ではなく、参加したい者の自己申請。
志望する職業によっては、冒険には必須でも、戦闘は苦手な職業というものもある。
例えば、怪我を癒せる治療術師。罠の発見や解除を得意とするスカウト職。
これらは、ダンジョンの探索にはなくてはならない職業だ。
だが、大怪我を治療して仲間に常に感謝される治療術師とは違い、罠の解除や鍵開け、ダンジョンの地図作成や怪物の気配を探知など、冒険には必須だが活躍が地味な職業、スカウト職。前に出れば紙装甲で怪物に瞬殺され、魔法や飛び道具も使えない。
唯一の活躍の場といえば罠の解除などだが、これすらも、解除が成功して当たり前、失敗すれば役立たずと罵られる日陰職。
武闘派ばかりが集まる大会控え室の中に一人、そのスカウトの男が居た。
俺はそいつに近づくと、
「ジョイス、お前なにしてんの?毎回お前と戦闘訓練でペア組んでる俺が言うのも何だが、スカウトのお前が大会に参加とか、無謀もいいとこだろ」
「う、うるせー!俺はジョイスじゃないって言ってんだろ、いい加減名前覚えろ!いや、参加を決めたのはそれのおかげだな。日陰者のスカウト。その地味で目立たない俺だが、せめてこの大会にでて、名前を覚えられるくらいには活躍してやるぜ」
そう宣言するジョイスだが、その表情は緊張で固く強張っていた。
同じくお荷物職と罵られてきたドラゴン使いの俺としては、ジョイスが人事には思えなかった。
「………そうか。頑張れよ?俺も参加するんだ。役立たず職と呼ばれるドラゴン使いとスカウト。日頃、俺たちを小バカにしている連中を見返してやろうぜ?」
「え………。そ、そうだな!おう、スカウトの速度を見せてやるぜ。重い装備でガチガチに固めた連中なんざ、瞬きする前にぶっ倒してやるぜ。お前も頑張れよ、ギース!」
少しだけ緊張がほぐれたのか、ジョイスが軽口を叩いてくる。
「せんぱーい、受付やってますよ!登録に行きましょう!」
そう言ってラミネスがこちらに駆けてくる。
「おーし!行くかラミネス!おいジョイス、お前登録は済ませたの?まだなら一緒に行こうぜ」
「ジョイスじゃねえって言ってんだろ!てか、なんでお前そんなに自信満々なんだよ、やっぱあのドラゴンがいるからか?………ああくそ、緊張で腹痛くなってきた。お、おい、頼む、俺の分の登録もして来てくれないか?」
「しょうがないな、登録は済ませといてやるからとっととトイレ行ってこいよ」
「す、すまねえ!」
そう言って駆け出していくジョイスを見送り、俺はつぶやいた。
「スカウトだからなあ。ダガー一本で、重装備の連中にどれだけ渡り合えるかだよな、あいつの場合」
正直、俺と同じく日陰者として扱われてきたあいつには、頑張って欲しい。
「あ、先輩、私達の番ですよ」
ラミネスに言われて、受付前で申請をする。
申請といっても、クラスと職業、名前を書いていくだけだ。
そこに、ラミネスがさらさらと名前を書いた。
続いて俺も………。
ドラゴン使い、ギース=シェイカー。
思えば、ジョイスとの戦闘訓練を抜きにして、ドラゴン使いとしてデビューするのはこれが初めてになる訳だ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ふーん。あんた、ほんとに出るんだ」
アリサだった。
控え室でうろうろしていた俺を見つけ、つまらなそうに声を掛けてくる。
「まあな。ドラゴン使いの本気って奴を見せ付けてやるぜ。なぜ、昔はドラゴン使いが英雄視されていたのかをな!」
「………ふーん。私とあたった時は棄権する事ね。大会での事故は罪に問われないのよ?まあ、私が優勝しないことを祈っておくことね。………え、ジョイス、あなたも出るの?」
「………もう、ジョイスでいいよ………」
俺の隣で、なぜかジョイスがいじけている。
「おいアリサ。お前、油断してると、このラミネスさんに痛い目にあわされる事になるぞ?」
物騒な脅しをしてくるアリサに、俺は啖呵を切った。
ラミネスの後ろから。
「せ、先輩、押さないでくださいよ………。でも、アリサ先輩、先輩と戦えるのを楽しみにしてますよ。ドラゴンの端くれとして、負けませんから!」
人懐こい笑顔でアリサに宣言するラミネスに、アリサも笑いかける。
「ふふっ、ざっと参加者のリストを見たけれど、楽しめそうなのはあなたぐらいね。楽しみにしてるわよ?」
「ほえずらかくなよー!」
「………あんたは、ラミネスの後ろからじゃなく堂々と言いなさいよ。あんたと戦うのも楽しみにしてあげるわ。さっきも言ったけど、私と当たったら棄権する事を進めとくわよ?やる気なら、ズタズタにしてあげる」
そう言うと、アリサは俺にも笑いかけてくる。
ラミネスに向けた笑顔とはあきらかに異質な笑顔を。
こ、怖いです。
「おっ、見ろよ。試合のトーナメント表が張り出されるみたいだぜ」
ジョイスの言うとおり、控え室に対戦表が張り出された。
対戦は勝ち抜き形式で行われる。
今頃、控え室の外の観客席にもこの対戦表が張り出されている事だろう。
対戦で名前を確認し、思わず胸を撫で下ろす。
俺の名前はアリサやラミネスとは一番遠い所にあり、別ブロックに名前があった。
つまり、俺はアリサやラミネスとは決勝まで当たらない。
そして、俺が参加した目的は、実は自分が優勝することではない。
アリサとラミネスが対戦するときに、この控え室に居ること自体が目的だった。
しかし、二人が戦う前に俺が敗退してしまっては控え室から出なければならなくなる。
ふふふ、後でバレて卑怯だとか汚いとか言われても、知るかそんなもの。
今の俺にはリアルに命の危険が迫っているのだ。
俺の目的はただ一つ。
アリサを優勝させないこと。
と、そのとき俺の隣でジョイスがつぶやく。
「え………まじかよ………」
ジョイスが対戦表を眺めて青い顔をしている。
そこには、一回戦、第一試合の所にジョイスの名前。
「なんだ、いきなりだから緊張してるのか。まあ、気楽になれよ。俺なんか、二年間学園最弱って言われてたのに、なぜかここに居るんだぜ」
「はは………。一回戦で、緊張してるってのも確かにあるが………。俺の、対戦相手がさあ………」
聖騎士アレク=マイトガイ。
「………」
「………」
黙りこくる俺とジョイスに、不審に思ったラミネスが聞いてくる。
「どうしたんですか?この、アレクって人。強いんですか?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「それでは!皆様大変お待たせしました。年に一度のイベント、武闘大会を開催いたします!」
放送部の一年の女の子による、魔法で拡大された声が大音量で響き渡ると、会場内がワッと沸いた。
年に一度のお祭り騒ぎみたいなものだ。
普段大した娯楽の無い学生達にとって、この日を楽しみにしている連中も多い。
「さあ、今年の対戦カードは激熱です!前年度優勝者のアリサ=リックスター!そして、皆さんご存知、ドラゴンハーフのラミネス=セレス!」
「おお、やっぱ注目されてるなお前!」
「えへへ………。い、いやあ」
照れ照れと頭を掻くラミネスをよそに、アナウンスが続けられる。
「そして、今年の優勝商品はなんと!前年度優勝者のアリサ=リックスターさんを一日好きにできるという夢の景品!これを聞いて参加を決意した男子生徒多数!女子生徒も多数!」
「男子は分かるが、女子まで参加者増えたのか………、いでっ!痛っ痛っ、おいやめろ!無言で蹴るな!」
真っ赤な顔で、無言で俺の足をゲシゲシ蹴ってくるアリサ。
「一日自由!もちろんわいせつな行為や法に触れる行為をやらせるのは禁止です。しかし!アリサ先輩にあれこれ命令できるこの夢の権利!膝枕をするもよし!されるもよし!年上のアリサ先輩に、私をお姉ちゃんとか呼ばせるのもよし!………あっ、失礼、鼻血が」
この放送部の一年、色々とダメなんじゃないかな。
「とにかく、前年度に比べ、今年はそんな素敵な夢の景品です!今大会はいやがおうにも盛り上がります!しかも、本日は一回戦からあのお方!」
やたらテンション高い放送部の声に、会場内のテンションも高まっている。
「そう!前年度の準優勝者にして、聖騎士を目指す者が女性相手に剣は向けれないとの理由で、前年度、アリサ先輩との決勝戦を棄権したジェントルメン!聖騎士、アレク=マイトガイ!」
名前が呼ばれるとともに、会場内が沸いた。
それと同時に、ステージに一人の男が上がってくる。
銀色の重そうな鎧に身を包んだ、柔らかそうな金髪の男。

アレク=マイトガイ。

剣の腕はトップクラス。代々続く、由緒正しい聖騎士の家系であり、成績優秀、品行方正、そして爽やかな整った顔立ちを持つ、言ってみればアリサの女版のような完璧超人。
付いたあだ名が勇者様。
俺やジョイスの様な落ちこぼれとは対極にいる男である。
しかも、俺のようなみんなにバカにされたりからかわれたりするようなの相手でも、真剣に対応してくれる、超が付くいい奴だ。
もし俺が美少女だったならうっかり惚れているところだ。
会場内に飛ぶ、女子達による黄色い声援に、ラミネスが目を丸くする。
「ひゃー、イケメンだぁ。すごい人気ですねえ、あの人。しかも、物腰からしてかなり強そうです」
「あらやだ、なにこの娘。ラミネス、お前もあんなイケメンタイプがお好みですか?」
「へへへ、私はちょっとぐらい問題児で人間的にダメな所があっても、先輩みたいな、一緒に居て落ち着く、いい匂いのする人の方がいいですよ」
言って、無邪気に笑いかけてくる。
「………問題児とかダメ人間ってとこに引っかかるが、この大会が終わったら、高級ドラゴンフードをお腹いっぱい食べさせてやろう」
「わーい!」
「あんた達、バカ言ってないで、次はジョイスの呼ばれる番よ。ほらあんたも、同じクラスなんだしジョイスを応援しなさいよ?でもジョイス、緊張してるわね。ガクガクじゃない」
アリサに言われて、ステージの上を注視する。
そこには、まだ呼ばれてもいないのにフラフラとステージに上がってきたジョイスの姿。
これはあかん、ガチガチに緊張している。
柔軟な動きと速さが売りのスカウトが、あんな動きでどうするんだ。
『さあ、今大会の有力候補の対戦相手は、職業スカウト。二年の………』
そこで、アナウンスが一旦止まった。
さあ、読め!読むんだ!
『ええと………、2年の…せ、閃光のジョイス………です………ぶふっ!』
アナウンスが吹き出すと同時に、俺の隣のアリサとラミネス、そして会場の全員が吹き出した。
「ぶはっ、閃光(笑)」
「閃光のジョイス(笑)」
「いいぞ閃光のジョイスー!お前最高だー!」
あちこちで飛ぶ野次に、ジョイスが俺に向かって叫んできた。
「ちくしょうギース、お前はバカだ!やりやがったな、覚えてろよ!」
それに俺は笑顔で返す。
「やったじゃないか、感謝しろよ閃光のジョイス!お前、名前覚えられるぐらい目立ちたかったんだろ!今のお前はヒーローだ!」
先程、ジョイスが俺に受付での登録を頼んだ際に、ジョイスの分の登録のとき、頭に閃光の、と付け足しておいたのだ。
「ちくしょう、学園全員にジョイスで覚えられたじゃねえか!おい、お前も笑ってんじゃねえ!」
そう言ってジョイスが叫んだ先には、笑いをこらえるアレクの姿。
「ひ、ひどすぎます、ひどすぎますよ先輩、く、くふふっ」
「あ、あんたねー、ふふふふっ、ふふっ、閃光っ、か、可哀想なことするんじゃないわよっ。はあっ、………でも、おかげでジョイス、もうすっかり緊張は解けたみたいね。まさかとは思うけど、あんた、狙ってやったの?」
「アリサに景品の件がばれたのはジョイスのせいなので、いつかやり返してやろうと思ってただけです」
「ですよねー。ええ、そんなことだろうとは思ってたわー。でも。閃光のジョイス、ちょっとはいいとこ見せてくれるかもよ?」
そう言って、アリサがふふっと嬉しそうに優しく笑った。

「あーあ、ったく、あの野郎には後できっちりお返ししてやんないとな」
「いや、ごめんごめん。笑ってしまって申し訳ない。騎士として人を笑うなんていけない事だ。許して欲しい」
アレクが、そう言って頭を下げる。
「ちっ、もういいさ。おかげで色々吹っ切れた」
そう言いながら、ジョイスは首をコキコキひねり、リラックスした手足をブラブラさせた。
「アリサさんのクラスのスカウトだね。いい試合になることを期待しているよ」
「いい試合もクソも、一瞬で終わるだろ。元々、半ばノリで出場したようなもんだしな。俺、武器はダガー一本しか持ってねえんだぞ。こんなもんで、フルアーマーの聖騎士様にどうやって立ち向かえってんだ」
ジョイスのやけくそ気味の嘆きに、思わずアレクも苦笑する。
『それでは、第一回戦!アレク対自称閃光のジョイス!始めー!』
開始の合図と共に、アレクが腰の剣の柄に手を添える。
「自称とか言うな!くそっ、こうなりゃヤケだ、やってやらあー!」
ジョイスが、威勢よく声を上げ、腰のダガーを勢いよく引き抜いた!
勢いが良すぎたのか、引き抜かれたダガーがすっぽ抜け、離れた位置にいるアレクの前に転がった。
「………」
「………」
思わず無言になる二人と、それを見て再び爆笑する会場の観客達。
「閃光のジョイス、お前やっぱり最高だー!」
野次が飛ばされ、更に会場がどっと沸いた。
「ええと………、ダガー、これ1本って言ってなかったかい?」
「………………うん」
苦笑しながらアレクがその場にかがみ込む。
流石は聖騎士志望。このまま素手のジョイスに切りかかれば勝負が付くものを、武器を失ったジョイスに、ダガーを返してやるつもりだろう。
と、アレクがしゃがみこんだその時だった。
「「「あっ」」」
会場と、控え室に居た全員が思わずハモる。
しゃがみこんだアレクが顔を上げると、そこには、隠し持っていた別のダガーをのど元に突きつける、ジョイスがいた。
「………こ、降参する」
アレクが両手を上げ、潔くギブアップした。
『汚っ!』
思わず一年が叫ぶのも無理はない。
たちまち会場中に、ジョイスに対してのブーイングが吹き荒れた。
そのジョイスを眺めながら、アリサがぽつりと呟く。
「汚くなんかないわ」
「えっ?」
俺の隣のアリサの言葉に、俺は聞き返す。
「ジョイスの作戦勝ちでしょうね。試合前に、ダガーは一本しかないって思わせといて、不自然でないように相手の足元にダガーを投げる。騎士志望のアレクなら、武器を拾って返す事も全部予想してたんでしょうね。ダンジョンに潜るようになれば、擬態をして不意打ちやだまし討ちをするモンスターだっているのよ?開始の合図が出てたのに、油断したアレクが悪いわ」
「なるほど」
それに、と、隣で聞いていたラミネスが付け加える。
「それに、私も普通の人に比べて速いつもりでしたけど、ジョイス先輩の速さは相当ですよ。あの一瞬で、気配も音も無く、あの距離を詰めるってのはスカウト以外にはできないと思います」
「でしょうね。後は………、まあ、あんたのおかげかもね?後でジュースでもおごってもらいなさいな」
「ん?なぜ俺が関係してんの?」
「さあ?本人に聞いてみなさい」
そういって、アリサがいたずらっぽく笑った。
「?まあいいか。それよりお前ら、そういうフォローはあれに直接言ってやると喜ぶと思うぞ」
俺が指差す先には、会場の観客に向かって涙目で言い返すジョイスの姿があった。

「う、うるせー!スカウトが奇襲して何が悪いってんだ!」
「うん、何も悪くないよ。完全に俺の油断だった」
観客に怒鳴り返すジョイスに、アレクが、拾ったダガーを返しながら笑いかける。
「お、おう………。ま、まあ、半分はあいつのおかげだろうな。あれのおかげで緊張も解けた。ロクでもねえあだ名付けられたが」
「ふふっ、閃光のジョイスなんてアナウンスがなかったら、僕もここまで油断はしなかったと思うよ。あれですっかり君を見くびってしまった。君とはまたやりたいね、閃光のジョイス」
「うっせ、閃光のジョイスって言うな。俺の名前は………」
「おーい、閃光のジョイス!試合終わったならとっととひっこめー!次はラミネスの試合なんだ、早く試合見せろー!」
遠く、選手の控え席側から、ロクでもないあだ名をつけた張本人が叫んでいる。
「てめーこの野郎!その名前で呼ぶんじゃねえよ!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「おいてめえ、やってくれたな!」
「いやあ、それほどでも」
凄い剣幕で帰ってきたジョイスに、俺は照れ照れと頭をかく。
「この野郎!」
「ちょっと、うるさいわよあんた達。次はラミネスの番でしょ?大人しく見てなさいよ」
ジョイスがアリサにたしなめられ、ちっと舌打ちしつつステージの上を見る。
「あのドラゴンハーフの子か。ちょっと見物だよな。アリサに対抗できるのって実際あの子ぐらいだろ?俺が倒したアレクは、どうせ女と当たったら棄権してただろうし」
「おいジョイス。俺、桃ジュースが飲みたい」
「あ!?お前、どの口がそんな事言うんだよ!俺をあんな目に合わせといて、更にパシリにしようってか!」
「アリサが、俺はジョイスにジュースの一つもおごって貰ってもいいって言ってたぞ」
「うっ………。ちくしょう、待ってろ!」
そういって、ジョイスが意外と素直に駆けていく。
「あれ、ほんとに行った。どうしたんだあいつ」
「ふふっ、理由が分からないならいいわ。それより、はじまるわよ?」

ステージに立つラミネスに、会場の皆が注視していた。
学園にて、アリサに次ぐ知名度を持つ実力者。
噂は聞くものの、実際にはラミネスの戦いぶりを見た事がない者が多い。
『さあ、続きまして!皆様期待の一年生!思わず、お弁当の残りを分けてあげたくなる学園の人気者のドラゴンハーフ!武闘家、ラミネス=セレス!』
アナウンスに会場がわっと沸く。
さすがラミネスの人気は相当なものだ。
放送部が、弁当の残りを分けてあげたくなるとか言ってたが、やっぱりあいつ、一年の間でも犬みたいなポジションなんではなかろうか。
『さあ、その対戦相手は、防御も固いが頭も固いと評判の二年生、戦士、マイケル=ゲイン!』
「おい、あの放送部、さっきからちょくちょくおかしな事いってるぞ!」
ラミネスの対戦相手が叫んでいる。
ラミネスの対戦相手、マイケルは、重装備でガチガチに固めた戦士系。
華はないが、その耐久力と防御力でみんなの盾になるナイスガイだ。
マイケルを包む分厚い金属鎧は、素手のラミネスには厳しいかもしれない。
『では、注目の二回戦!始めー!』
合図とともに、マイケルが頑丈な盾を正面に構え、腰を落とす。
そして片手で剣を引き抜いた。
それに対してラミネスは、すっ、と態勢を低くする。
会場が静まり返る中、ラミネスが地を蹴った!
そのままマイケルに向かって真っ直ぐに、低い態勢のまま突っ込んでいく。
マイケルが、左手の盾を前に出し、迎え撃つ構えを見せた。
ラミネスの最初の一撃を受け止めて、反撃するつもりだろう。
ラミネスはマイケルの構えを見ても、そのまま勢いを殺す事無く………。
肩口から、マイケルに真正面から突っ込んだ。
ドガアッ!という、鈍く重い音と共に、真正面から体当たりを食らったマイケルが思い切り跳ね飛ばされる。
マイケルは、そのまま何度も地面を転がると、そのままぴくりとも動かなくなった。
………。
一瞬会場が静まり返り、一拍置いて会場が沸く。
『瞬殺です!前の試合も一瞬でしたが、今回は気持ち良いぐらいの一撃です!勝者、ラミネス=セレス!』

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「先輩、勝ちましたよ!」
満面の笑みを浮かべたラミネスが、大喜びで帰ってくる。
ラミネスには悪いが、なんだか、投げたボールをちゃんと取ってこれてはしゃぐ犬を連想してしまうのはなぜだろう。
「おめでとう、ラミネス。あなたと当たった時の参考にでもって思って試合見てたけど、あれじゃ参考も何も無かったわね。正直、ドラゴンハーフの強さをちょっと甘く見てたわ」
「えへへ、どうもです」
アリサの言葉に、ラミネスが素直に喜ぶ。
「やったなラミネス!余裕だったな。鉄製の鎧着た相手にどう戦うのかと思ってたが、そんな心配なかったな!」
俺のねぎらいに、ラミネスが照れながら頭を掻いた。
「へへへ、鉄製の鎧だと、私が殴ると思い切りへこんじゃうんですよ。鉄製の鎧が体にめり込んだままになっちゃうので、鎧を着た相手には、手加減して体当たりです」
「「手加減………」」
思わずアリサとハモってしまったが、考えてみれば、ドラゴンの鱗は鉄より硬い。
ラミネスの皮膚もドラゴン並みの硬さなのだろう。
きっとラミネスにとっては、鉄鎧をぶち抜く事もたやすいのだろう。
「待たせたなー。ほれ、ジュース………って、あれ?もう試合終わっちまったのかよ」
「うん。ラミネスが体当たりしただけで終わっちまった」
ジュースを持って帰ってきたジョイスに、試合の様子を教えてやる。
「え、なにそれ怖い。もしこの娘と当たることがあったら棄権だな。まあ俺はAブロックだから決勝まで当たんないだろうけど」
「ジョイス、お前決勝まで行けると思ってるのか?Aブロックにはこの俺がいるのに?」
「………いつも思うんだけど、お前のその自信はどこから来るんだよ」
「全くだわ。昔から、実力はないのに誰に対しても態度だけは………、って、私の出番ね」
話している間に試合は進み、アリサと俺以外はトーナメントの初戦は終わっていた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわね」
どこかへ散歩にでも出かけるような気楽さで、学園最強と言われてきたアリサはステージに向かっていった。

『さあ、お待たせしました!皆様お待ちかねの、この人です!2年生最強のこのお方、唯でさえ凶悪な魔獣使いという職業にして、魔法まで使えるという反則性能!アリサ=リックスター!』
そのアナウンスに、会場が沸いた。
堂々とステージに上がったアリサは、会場に向けてか、不幸な対戦相手に向けてか、にっこりと笑う。
『対するは、咬ませ犬感が半端ない、魔法戦士、ギル=ネイカー!』
「おい、もう試合はどうでもいい!あの放送部の一年しばいてくる!」
俺も、さっきからちょこちょこおかしな事を言うあの放送部員は、しばいてきた方がいいと思う。
「まあ落ち着いて。こんなお祭りなかなか無いんだし、せっかくだもの。遊びましょう?」
アリサににこりと笑いかけられ、ギルが落ち着きを取り戻す。
というか、ちょっと顔が赤い。
『さあ、それではいってみましょう!試合、始めー!』
開始の声と同時に、アリサの足元の影が揺らめいた。
会場内から、おおっ!と、どよめきの声が上がる。
姿を現したのは、巨大な、羽の生えた獅子の身体にワシの頭。
グリフォン。
怪物の中でも上位に位置するその巨大な魔獣は、熟練の冒険者にとっても強敵だ。
「う、うお………」
ギルがその大きさに圧倒されて、思わず後ずさる。
「行きなさい」
アリサの命令に、グリフォンが翼を広げた。
「くっ、くそっ!これでも食らえ!『アンクルスネア』!」
ギルが、グリフォンを飛ばせまいと足止めの為の魔法を唱える。
ステージに張り巡らされたタイルを突き破り、地面から植物のツタが伸び、グリフォンの足に絡みつく。
が、グリフォンはそれを意にも介さず羽ばたいた。
ぶちぶちと絡まったツタを引きちぎり、グリフォンが舞い上がる。
そのままグリフォンは下降し、ギルへと狙いを定めた。
「ひっ!ちょっ、や、やべえ!」
グリフォンから逃れようとするギルに、アリサが容赦なく追い討ちをかける。
「『アンクルスネア』」
ギルがグリフォンに使った魔法を、そっくりそのままアリサが唱えた。
途端に、ギルが湧き出してきたツタに足を絡め取られる。
動けなくなったギルに、グリフォンは狙いを定め………
「ま、参った!降参だ、勘弁してくれ!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「さすがですね、アリサさん。魔法まで使えるなんて」
「存在自体が反則だよなー。それでいてあいつ、運動神経もいいからな。大概の武器も使いこなしてたぞ」
全く、改めて嫌になる強さだ。アリサは本気になれば、数多くの魔獣を呼び出すことができる。つまり、今の相手は本気を出すまでもなかったのだろう。
ラミネスには、あの化け物じみた女に勝ってもらわねばならないのだ。
「次はお前だろ?どうやって勝つつもりか知らんが、まぁ見ててやるよ」
「先輩、頑張ってください!わがままなジハードさんも、さすがに空気読んで戦ってくれますよ!」
ジョイスとラミネスの激励を受け、俺は不敵に笑みを浮かべた。
「任せろ、お前ら!俺には今回、秘策があるのだ!」


『さあ、続きまして!ラミネス選手の影に埋もれるも、実は1年の期待の星!魔法使い、ネスティ=フィール!』
ステージに、魔法使いの少女が登る。
『さて、何を思ったのかこの男、知る人ぞ知る学園唯一のドラゴン使い!今大会の色物要員として参戦か!?ドラゴン使い、ギース=シェイカー!』
そのアナウンスに、会場に笑いが巻き起こる。
あの放送部員、大会が終わったら絶対に痛い目に遭わせてやろう。
笑いは、やがてざわめきに、そして、やがてどよめきへと変わっていった。

俺が頭に跨った………。

ジハードの姿を見て。

『あ、あれえー!?』

「マ、マジかよ………。ドラゴン飼いだしたって話、本当だったのかよ………」
「おいおい、どう考えても、あの一年じゃ無理だろ」
「ギースだろ?あの、お荷物要員だった、ギースだろ?」
ざわめく観客。
そして、対戦相手のネスティが、カタカタと震えながら呟いた。
「え………、ええー?」
涙目の一年生の魔法使いが、震えながらも両手で杖を構えて立つ。
ああ………、この手を使うの申し訳ないなあ………。

そこらの、2階建ての家ほどの巨体。
それが、悠々とステージに向かっていく。
黒光りする、鉄よりも硬いその恐るべき鱗は、見るものを魅了する美しい滑らかさを持つ。
一歩歩くごとに、ズシン、という重い地響きを立てながら、俺を頭に乗せたジハードが、ステージの上に登っていった。
『………ええと。は、始めー!って、言っちゃっていいんですかね?』
戸惑う放送部員のアナウンス。
「あ、あわわわわ………、はわわわわわわわ………」
ステージに登るジハードを見ただけで、もはや、涙目というより、半泣きのネスティ。
俺は、ぽつりと呟いた。
「ウチのジハードに、できれば人肉の味を覚えさせたくないのになあ………」
ネスティが、声を張り上げ、泣き叫ぶ。

「棄権しますうううう!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ちょっと。あれが秘策?なめてんの?」
帰ってきた俺に、アリサが非難がましいジト目で言ってくる。
「なんとでも言え。ハッタリで勝てるならそのまま行く。そして、秘策ってのは、なにもハッタリの事じゃないぞ?」
「そうなの?じゃあなによ?」
「気づかなかったか?俺が、ジハードの頭に乗って登場してきたのを。ここ最近の特訓の成果により、ジハードに伏せを教え込む事に成功したのだ!これにより、いつでもジハードに搭乗可能!あんな高いところにいる俺に攻撃を仕掛けられるのは、アーチャーか魔法使いくらいなものだろう。だが、トーナメントの俺の今後の対戦相手を見ると、接近戦しかできない連中ばかり。つまり、俺は高いところから相手に石でも投げていじめまわしてやるという完璧な作戦だ」
「ええー!ここ最近、特訓に励んでるって言ってたのはそんな事のためにやってたんですか!?戦闘訓練とかじゃなく?」
「そーだよ?」
「お、お前、それでいいのか?それに、そんなのいずれ参加者にバレるんじゃないのか?あのドラゴンが、実は温厚で大人しいって。そしたら、流石にドラゴンには攻撃は仕掛けなくても、なんとかドラゴンによじ登ろうとかしてくるんじゃねーの?」
「まあ、ばれた時はその時だ。後何戦かはハッタリで行けるだろ」
それに、俺の目的は優勝や活躍することじゃない。
「あ、あんたねー。そんなんで勝ち進んで意味はあるの?自分が優勝するつもりで参戦してきたのかと思ってたんだけど。そんなんじゃ、私には通用しないわよ?」
「今はなんとでも言え。俺の目的は優勝じゃない」
そう。俺の目的は、アリサとラミネスの対戦の時まで、この控え席に残っている事。
ラミネスとアリサが戦うときにこそ、本当の意味での秘策があった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

順当に駒を進めるアリサとラミネス。
持ち前の尊大な態度とハッタリで、俺もちゃんと残っていた。
そして………
「意外ねー………」
「意外だよなあ」
「な、なんで二人して俺の方見るんだよ!意外で悪かったな!」
本当に意外な事に、ジョイスまでもが勝ち残っていた。
「でもでも、ジョイス先輩、速くてほとんどの対戦相手が対応できてませんでしたよ。私は一年だから知りませんけど、ジョイス先輩って普段からもっと評価されてもいいんじゃないですか?」
ラミネスのフォローに、ジョイスが雷に打たれたように驚愕の表情を浮かべた後、涙ぐむ。
「うう………、一年、お前いい奴だなあ………。俺は本来、後方支援のスカウトだから、いつも戦闘訓練はギースと組まされてたんだよ。毎回俺が勝ってたが、ドラゴンを持ってないドラゴン使いなんて、勝って当たり前だろ?だから、今まで誰にも評価されなかったんだ………」
「ジョイスがここまで勝ち残っていると言う事は、普段ジョイスに負け続けている俺も、実はそんなに弱くないと言う事が言えなくもないんではなかろうか」
「あんたジョイスが風邪で休んでた時、臨時で組まされてた治療術師の女の子に負けてなかった?」
「う、うるへー!そろそろ出番だ。行って来る!」

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『さぁ、色物要員かと思われていたのがまさかの本命の一角に躍り出たこの男!ドラゴン使い、ギース=シェイカー!』
放送部のアナウンスとともに、ジハードの頭に乗った俺はステージ上に登る。
沸きあがる歓声の前に、俺の内心は緊張していた。
この試合さえ乗り切れば、後は準決勝へ進むことができる。
試合の順番的に、これさえ終われば、ラミネスとアリサの対戦が終わるまで、俺の試合はもうない。
後一息だ。
『では、無謀ともいえる対戦相手の紹介です!好戦的なことで知られる2年生!学園の強い人には軒並み喧嘩を売り、ことごとく返り討ちに在ったこの男!最近ではただのどM説まで流れている武闘家。オッズ=ドボルト!』
「ど、どM………そんな噂が流れてるのか………」
ステージに若干落ち込みながら登ってきたのは、隣のクラスの武闘家の生徒。
あまり話した事はないが、確かアリサにまで勝負を挑み、ボコボコにされていた奴だ。
「オッズ。残念だが、ここで敗退してもらおう。素手で戦うのを得意とする武闘家のお前では、ドラゴンの鱗には傷も付けられないだろう?棄権する事をオススメする」
俺はこれまでの他の連中にしてきた様に、試合前に降伏勧告を促した。
よほどのバカでなければ、これで退いてくれるはずなのだが………。
「やってみないと分からんさ!俺の拳は石をも砕く。俺は、極限まで鍛え上げた、一切の武器に頼らない武闘家こそが、最強の冒険者になれると信じている。ドラゴンだって、いずれはこの拳で倒して見せるさ!」
そんな暑苦しいことを言って、オッズはビシと拳を突き出した。
………どうしよう、よほどのバカの脳筋タイプだ。
『おおっと、オッズ選手、無謀にも戦いを挑むようです!どうやら、どM説が真実味を帯びてきました!』
「お、おい一年!滅多なこと言うな!」
オッズが放送部に抗議しているが、こっちはそれどころじゃあない。
やばい、考えろ、乗り切る方法を!
『それでは!ギース=シェイカー対オッズ=ドボルト!試合、開始―!』
くそ、始まってしまった!
「行くぞ!敵わないまでも、武闘家の意地ってヤツを見せてやる!」
言って、オッズが身構える。
成るようになれ!
「ジハード!あの男はお前の敵だ!蹴散らせー!」
俺がジハードに命令すると、身構えていたオッズがびくっとする。
会場の観客達が息を呑んで注目する中、ジハードは………!
目をぱちくりさせ、その場にのんびりと佇んでいた。
ああっ、ですよね!
オッズが不審そうな表情を浮かべて戸惑いを見せる。
「どうした?こないのか?それとも、俺が素手だから遠慮してるのか?」
そんな訳あるか!
やばい、なんとかしないと!
俺はジハードの耳元に、相手や観客には聞こえないような小さな声で、必死にジハードに向かって囁いた。
「ほら、ジハード、頼むから動いてくれよ!帰ったら、おいしいご飯を食べさせるから!」
俺が必死に呼びかけると、ジハードが動き出した。
ジハードはその身体を大きく動かすと………!
首を伸ばし、ステージの石畳に向かって俺が降りやすいように寝そべった。
伏せじゃねええええええええええ!

『………これは、まさか………』

おい、やめろ、言うな。
「………まさか、まだそのドラゴンと、契約できていないのか?」
ジハードが伏せて俺に攻撃が可能な最悪の状況で、オッズにバレた。

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『なんという事でしょう、ギース選手、まさかの未契約!ここまでハッタリで勝ち残るという快挙を成し遂げていました!』
そのアナウンスに会場が爆笑の渦に包まれた。
ちくしょう、あの一年覚えてろよ!
「ははっ、なんて奴だ!そんな手で優勝掻っ攫う気でいたのか?卑怯な奴め!」
ごもっとも。
「くそっ、ばれちまったらしょうがない!ジハード、伏せはもういい、さあ、起き上がってくれ!」
ジハードに慌てて命じると、ジハードはそれに応えてゆっくりと頭を上げる。
オッズがそれを見て駆け寄ってきた。
「そうは行くか!なんちゃってドラゴン使い、速攻で決着を付けさせてもらう!」
さすがに武闘家、重い鎧は何も付けず、しかも鍛え抜いているだけあって動きが早い!
このままでは、ジハードが起き上がるよりも早く、オッズの攻撃が俺に届く位置まできてしまう!
何かないかと懐を探るも、武器になるようなものは………!

その時、懐にある物を見つけていた。
それは、ラミネスやジハードと遊ぶときに使っていた、拳大のゴムボール。
………………。
「ジハード!取ってこーい!」
俺はオッズが向かってくる方にボールを放り投げると、ジハードに向かって命令した。
そのボールを見て、ジハードが遊んでもらえるものと思い、地響きを立てながらボールを追いかけていく!
ボールを追いかけるジハードの間にいるオッズの姿には目もくれずに。
「えっ、ちょっ、ちょっと待て………!おわあああああああああ!」
ボールを追いかけるのに夢中になったジハードに跳ね飛ばされ、オッズが動かなくなる。
『え、ええー?』
あまりの幕切れに、放送部が不満そうな声を上げた。

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「先輩。お疲れ様です。幸運でしたねー!」
「ふう、危ない所だったがなんとか乗り切ったぜ」
出迎えてくれたラミネスに、俺は汗を拭いながら応える。
「あんたねえ………みっともないにも程があるでしょ?もう棄権したら?」
控え席に戻った俺に、アリサが呆れた表情で言ってきた。
「しかしひでえブーイングだな。またえらい嫌われぶりだな、ギース」
ジョイスの言葉通り、会場には俺の戦いぶりに対するブーイングが吹き荒れていた。
先ほどの、ジョイスの奇襲どころの騒ぎじゃあない。
だが、ジョイスがからかう様に言ってくるが、もうブーイングだろうが野次だろうがどうでもいい。
これで俺の準備は万膳なのだ。
後は、ラミネスがアリサに勝ってくれればそれでいい。
それを見届けた後は、棄権でもなんでもしてやろう!

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「いよいよだな。ラミネス、準備はいいか?」
「はい!でも、さすがにちょっと緊張します!」
次はアリサとラミネスの準決勝。
そして今、ステージの上ではジョイスが試合を行っていた。
ジョイスが勝てば、アリサとラミネスの試合の後は俺とジョイスとの準決勝になるが、ラミネスとアリサの試合さえ終われば、俺はもう負けていい。
「ジョイスー!あなた、フットワークが命でしょう!?もっと足を使わないでどうするの!あっ、転んだ!」
アリサは俺達とは離れた場所で、ジョイスの試合の観戦に注意をそがれている。
というか、アリサが最後に凄く気になる一言を叫んだんだが。
やるなら今だ。
「じゃあ、いくぞ?」
「は、はい!先輩、ふつつかな私ですが、どうか末永く、お願いします!」
「………契約はしても、お前はまだ成竜じゃないんだから、家で飼ってやる事はできないからな?」
「は、はい!ちゃんと卒業までは待ちますよ!」
こいつ、ちゃんと分かってるんだろうな、心配になってきた。
ドラゴン使いとドラゴンは、一定の範囲の距離内に居ないと力が使えない。
ステージと観客席は離れすぎている為、俺がラミネスに対してドラゴン使いの力を行使し続けるには、ステージのすぐ傍の、選手の控え席にいる必要があった。
俺がここまで勝ち残ってきた意味は、今、このときの為にある。
「ほんとにここまでうまく行くとは思ってなかったからな。………すまないジハード、浮気な俺を許してくれ!」
俺は今この場にはいないジハードに懺悔する。
「ふふふ、こうして既成事実ができていく訳ですね。今から、私の暴れっぷりを先輩に見せて、私が卒業して成人する頃には、先輩のほうから同居してくれって言わせてみせます!」
「今日のお前はなんて頼もしいんだ。いつもは犬みたいな奴とか唯のアホの子だと思っていたが、今日のお前は輝いてるぜ!」
「先輩、いくら先輩でもかじりますよ?」
じと目になるラミネスの額に、俺は右手の掌を乗せた。
ラミネスが目をきゅっとつむる。
額に置かれた掌が熱を帯び、やがて、熱が冷めていく。
そっと掌をのけると、ラミネスの額には青い契約印が残っていた。
「おお………できた!初めて契約ができたぜ!」
「えっ、これで終わりですか?案外あっさりですね!どれどれ………」
ラミネスが、額の紋様を鏡の前に覗きに行く。
これで一応はひと段落。
これでラミネスの力を引き出せるはずだ。
「何かこそこそやってるみたいだけど、最初からあなたが参加者で、ラミネスが使い魔って形で出場すればよかったんじゃないの?」
「そんなもん、試合開始と同時に俺だけ襲撃されて、速攻で試合終わっちゃうだろうに………、おわぁ!」
いつの間にかアリサが、俺の後ろに立っていた。
「別に、今更驚かなくてもいいわよ。そもそも、私としては最初からラミネスと組むと思ってたのに。これで少し、楽しみが増えたわ。ドラゴン使いとドラゴンハーフ。ほんとは、ちゃんとしたドラゴンを率いたドラゴン使いとやり合ってみたかったけど、ラミネス相手なら申し分ないわね」
会場が沸いた。
ジョイスの試合が終わったのだろう。
「先輩、これけっこうおしゃれですね!ちょっと気に入りました!」
戻って来たラミネスに、俺は告げる。
「おいラミネス、アリサにあっさりバレちまった」
「え」
動きが止まるラミネスに、
「二人で、全力できなさいな。私の家とギースの家。昔は、ライバルだったらしいわよ?ドラゴン使いと魔獣使い。一体どっちが上なのかしらね?」
アリサはそういって、楽しそうに笑いかけた。
「それじゃあ、先に行くわよ?いい試合をしましょう、ラミネス」
アリサはそう言い残すと、ステージ上に向かっていった。
「ふひー、危なかったぜ、どうよ、俺の逆転劇は」
入れ違いにジョイスが戻ってくる。
「ごめん、見てなかった」
「お、同じく」
「ひでえ!って、次はお前さんとアリサか。頑張れよ!」
ジョイスの激励に、ラミネスは笑顔で応えた。
「………よし、そいじゃあアリサにもバレちまった事だし、遠慮しないで力を使うか!」
俺は腕を捲り上げ、精神を集中する。

『続きまして!本日の事実上の決勝戦にしてメインイベントとなりますこの試合!むしろ、この一戦の為に今日ここに来たという人もいるんではないでしょうか!』

会場に響くアナウンス。

「力?なんだ、おい。俺のいない間になんかあったのか?」
ジョイスが不思議そうな顔で聞いてくる。
「先輩と、契約を結んだんです。おお、なんかドキドキしてきました!」
ラミネスが、期待を込めた表情で俺の顔を見上げてくる。

『さあ、ここまで危なげなく勝ち進んできた、当学園最強の名を持つこのお方!魔獣使い、アリサ=リックスター!』

アナウンスに、会場がどっと沸く。
恐らくは、今日一番の歓声だろう。
それだけ、この試合が期待をされていたのだ。
初めて使う竜言語魔法。
ドラゴンは、魔力の塊と言われるほどに高い魔力に溢れている。
竜言語魔法は、契約を結んだドラゴンから魔力を引き出し、それで魔法を使うのだ。
俺は息を吸い込むと、ラミネスに手をかざす。
そのまま。
一息に。
「『速度増加』!『筋力増加』!『体力増加』!『魔法抵抗力増加』!」
俺が早口で唱える竜言語魔法に、ラミネスの身体が赤く輝く。
「おお………、おおおおおおお、こ、これは、自分で考えていた想像以上の………っ!」
ラミネスが拳を握り締め、赤く輝く自分の身体と手足を見つめ、感動した様な声を上げる。
「『皮膚強度増加』!『感覚器増加』!『状態異常耐性増加』!ついでにこれもだ、『ブレス威力増加』!」
「お、おいおいマジかよ………。これが、ドラゴン使いの、力ってやつか………?」
隣で見ていたジョイスが、感嘆の声を出す。

『そして、こちらも同じく全試合を一撃必殺で勝ち進んできたドラゴンハーフ!武闘家、ラミネス=セレス!』

アナウンスが響き渡り、再び会場に歓声が轟く。
「おし、行ってこい!」
ラミネスが、自信たっぷりに頷いた。
「はいっ!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「準備は終わった?」
ステージに上がってきたラミネスに、アリサが言った。
「ばっちりです。もう今の私は漲ってますよ?」
ラミネスの返事に、満足気にアリサが笑った。
「ふふっ、嬉しいわ。魔獣使いってね、その気になれば、飼ってる魔獣を全部呼べるの。でも、今まで全員出してあげたことがなかったのよ。………でも、あのバカなりに考えたわね。控え席から支援魔法を行使するなんて。これじゃ、術者を襲うこともできないわ。うまくドラゴン使いの弱点を補ったわね?」
「なんか、楽しそうですねアリサさん」
身構えるラミネスに、更にアリサが嬉しそうに笑った。
「楽しいわよ?だって、あなたも本気出す前に試合が終わっちゃったらつまらないでしょう?誰だってそうよ。磨いた技を振るいたい。鍛えた身体を使いたい。そして私は、鍛え上げて、ここまで育てた魔獣達を、思い切り戦わせてあげたい」
「では、私も出し惜しみは無しで、最初から全力で行かせてもらいますよ?」
「期待してるわよ、ラミネス。この子達は、そこらの怪物とは訳が違うわよ?」
アリサの足元の影が大きく揺らぎ、そこからいくつもの魔獣が這い出した。
グリフォン、ラミア、ケルベロス。
そして、マンティコアにユニコーンまで。
『おおおお、アリサ選手がマジモードです!魔獣が全部で5体も!さすがにラミネス選手も多勢に無勢か?では、準決勝!試合、開始―!』
開始の声が響き渡り、魔獣達が一斉に動き出した。
ラミネスが魔獣達に身構えながら、息を大きく吸い込むと。

どっっっごおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!

いつぞやの、串焼きを焼いていたのとは訳が違う、桁外れの量の灼熱のブレスを吐き出した!
「きゃーっ!ちょっ、ちょっと!」
さすがにアリサもこれには驚いたのか、慌ててラミネスから距離をとる。
その灼熱のブレスはステージ上の3分の一近くをも覆い、ラミネスに襲いかかろうとしていた魔獣達も、炎から逃れようと逃げ惑う。
「すっげー!なにあれ、ドラゴンハーフすっげー!」
俺の隣でジョイスが叫ぶ。
無理もない、俺だって驚いた。
これほどの規模の炎なんて、現役の冒険者をやっている大魔法使いでもそうそう生み出すことはできないだろう。
会場からは盛大な歓声が飛び交っている。
と、その燃え盛る炎の中、炎を物ともせずに、一匹の魔獣がラミネスの前に躍り出た。
地獄の番犬と呼ばれる、炎に強い魔獣ケルベロス。
ラミネスが炎を吐くのを止め、素早く口元の煤を拭って身構えた。
ケルベロスが唸りを上げる。
「がるるるるるる!」
ラミネスも、負けじと吼えた!
「きしゃー!」
ケルベロスが飛びかかるのに合わせて、ラミネスが地を蹴り、ケルベロスの腹にカウンター気味の飛び蹴りを食らわせた。
「ギャンッ!」
凄まじい勢いでケルベロスが地面に叩きつけられるのと同時に、様子を見ていたグリフォンがラミネスの背後から飛びかかる。
グリフォンは前脚でラミネスを挟み込むと、そのまま翼をはためかせ、空中へと舞い上がる。
ラミネスはそのまま足掻きもせず、首だけを背後のグリフォンに巡らすと、そのまま炎を吐きかけた。
「ピギィッッ!」
鶏肉が焼けるような香ばしい香りが辺りに漂う。
たまらずグリフォンが、ラミネスごと地上に墜落し、激突した痛みと熱さに、じたばたとのた打ち回った。
地上に落ちたラミネスは、何事もなかったかの様に起き上がると、未だ香ばしい香り漂うステージ上で、口の煤とよだれを拭った。
………よだれ?
「ジュルッ」
おい。
「ちょ、ちょっと、うちの子達を食べたりするんじゃないわよ!?」
「かじるのはドラゴンの攻撃方法のひとつですから、それは約束しかねます!」
とんでもない事を言い出すラミネスを、魔獣達は攻めあぐねていた。
やはり、獣に近い魔獣達にとって、炎は恐怖なのだろう。
ラミネスのブレスを警戒して近づけない。
「あなたのブレスは厄介ね!」
アリサが叫び、素早く複雑な印を結ぶ。
「『ファイアシールド』!」
アリサが唱えると同時に、魔獣達が淡い膜に覆われた。
それを見ていたジョイスが叫ぶ。
「あっ、やべえ!あれじゃ炎のブレスが効かねぇぞ!」
「くそう、相変わらずのチート女め!」
さすが最強の名は伊達じゃない。
魔獣を抜きにしても、アリサ単体が強すぎる。
ブレス対策をされた事に気づいたラミネスが、特に気にした様子もなく、真正面からアリサに向かって突っ込んでいく。
そのラミネスの前に、アリサを守るように、ラミアとマンティコアが立ちふさがった。
ラミアがその両手を広げ、ラミネスに飛びかかる。
ラミネスも同じく両手を広げ、まるで力比べをする様に、ラミアと両手の掌同士をつかみ合う。
「おりゃー!」
そんなラミネスの掛け声とは裏腹に、メキメキという音と共にラミアが力で押し負け、悲鳴を上げた。
だが、両手が塞がり、掴み掛っているためにその場を動けないラミネスに、獅子の身体にサソリの尾を持つマンティコアが襲い掛かる。
ラミネスの背後からその首筋に、マンティコアがその尾を刺した!
「あいたっ!くっ、このおおおおおっ!」
本来なら馬をも一瞬で昏倒させる猛毒のはずなのだが………。
「ちょっと、待ちなさいよ!あなた、なんでそんなピンピンしているの!?」
一瞬痛がったものの、平気な顔をしてラミアの腕をひねり上げるラミネスに、アリサが思わず突っ込んだ。
「これ以上ウチの子達を壊される訳にはいかないわ!食らいなさい!『ライトニングブレア』!」
アリサが指先から一条の電撃を放ち、それに打たれたラミネスが、ビクンと跳ねた。
並みの人間に使えば心臓が止まってもおかしくないえげつない魔法なのだが………。
「いたたた、バチッときました………、今度はこっちからいきますよ!」
「あんたちょっと待ちなさいよおおおー!」
かなり上位の必殺魔法を食らっても、いたたで済ませるラミネスに、アリサも引きつった顔でたじろいだ。
元々高い、ドラゴン族の魔法抵抗力。
それが俺の力で格段に跳ね上げられているのだ、そうそうダメージが通るものじゃあない。
「速さと筋力と硬さが増大してる今、ちょっときっついのいきますよ!」
ラミアとマンティコアを振り切って、ラミネスがアリサに接近する。
「やばっ!」
アリサがユニコーンに飛び乗ると同時、ラミネスが、アリサ自身には間に合わないと判断したのか、アリサの足元の、石でできたステージに勢いよく殴りかかる。
「はっああああああああああっ!」
気合の乗った一撃が、ステージ会場の石床と地面に盛大な大穴を開けた!

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「はぁ………、今のは本気でやばかったわ。正直、ここまでだとは思わなかったわよ?」
ユニコーンの背の上から、少し荒い息でアリサが言った。
盛大に吹き飛ばされた石の破片が飛んだのだろう。
直撃を受けたわけでもないアリサが、そこかしこに傷を作っている。
「いくらなんでも強すぎるわね。これは、あのバカの力の影響かしら?それとも、あなた自身の力が大半かしら?」
「さあ、どうでしょうね?ひとつだけ言えるのは、ドラゴン使いが率いるドラゴンは、最強だって事です」
ラミネスの言葉に、アリサが、それでも余裕を崩さず宣言する。
「じゃあ………、これはどう?『ディスペルマジック』!」
アリサのかざした指先から、白い閃光がほとばしった。
それはラミネスの身体に直撃すると、一瞬輝き、俺の力によりラミネスが纏っていた赤い光と共に消え去った。
「えっ?ああっ!」
魔法を解除されたラミネスに、態勢を立て直したグリフォンが飛びかかり、その巨大な前脚の攻撃を、ラミネスはかろうじて受け止めた。
「あああああっ!あのクソ女、俺の魔法を解除しやがった!」
「えっ、やばいんじゃねーの?それ」
「ちょっと、誰がクソ女よ、聞こえてるわよ!」
地獄耳め!
グリフォンをなんとか押し返そうとするラミネスだが、流石に魔法が切れた状態では相手が悪い。
ギリギリと押されるラミネスに、復活したラミアとマンティコアが襲い掛かる。
「ああっ!くっ、くううううううっ!」
ラミアが蛇の胴体でラミネスに巻きつき、抵抗していた両腕を拘束する。
そして、グリフォンが前脚でしっかりと押さえつけた所に、マンティコアが尾の先の毒針をラミネスの目の前に突きつけた。
「勝負あり、ね?」
身動きできなくなったラミネスは、ギリッと歯を食いしばると………。
がりょっ。
目の前のマンティコアの尾にかじり付いた。
「ひぎィィィッ!」
尻尾に食いつかれ、痛みにマンティコアがのた打ち回る。
や、やりやがった!
アリサがユニコーンを降り、ラミネスのコメカミに右手の人差し指を突きつけた。
「ギースの魔法を解除された今、今度は痛いじゃ済まないわよ?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

『決着―!何とも凄まじい試合でした!一年のラミネス選手、実に良く健闘しました!負けたとは言え、本日のメインイベントと呼ぶにふさわしい戦いぶり!ですが二年生の意地を見せたか!アリサ=リックスターの勝利です!』
「………負けちまったなあー」
「だなあ………。ラミネスも頑張ったが、アリサの性能がチート過ぎた。おいジョイス、お前あの化け物女と、全校生徒の見ている前でやりあいたい?」
「………御免こうむりたいなー」
「………そう言うなよ、お前いつも俺に勝ってるじゃん。影が薄いのを何とかしたかったんだろ?」
「………魔獣使いとドラゴン使いって、ライバル同士なんだろ?優しい俺は、ここはお前に譲ってやるぞ?」
次は俺とジョイスの準決勝。
勝ったほうが、大観衆の前でアリサにボコボコにされる栄誉が貰える。
「ああー、疲れた………。ちょっと本気でやばかったわー。あんたが最初からラミネスと組んで二人で出てたら、私が魔法を解除してもまた強化魔法を掛け直せる分、私の方が負けてたかもしれないわね。まあ、その時はあなたを真っ先に狙ってただろうし、ここまで戦えなかったかしら?ふふっ、ラミネスが優勝できなくて残念だったわね」
控え席に戻って来たアリサが、疲れた表情ながらも、俺にどうだと言わんばかりにふっと笑った。
「ぐぬぬ………」
悔しがる俺の隣で、ジョイスがつぶやく。
「………あれ?あの一年、どこにいった?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

そこはジハードを繋いである、控え席から少し離れた場所。
「う………、ううーっ………………」
ラミネスは、そこに居た。
「悔しい、悔しいよ!ううー………」
ラミネスは一人、ジハードの巨大な身体に額を預けて泣いている。
「ジハードさん、ごめんなさいっ!私、ドラゴンなのに、負けちゃった………っ!」
ジハードが、言ってる事を理解してるのかしてないのか。
ジハードの肩に両手を置き、額を当てて泣くラミネスの顔に、ジハードが鼻を寄せる。
「ドラゴン使いの先輩の力まで借りたのにっ!それでも負けちゃった………、ごめんなさいっ!先輩、ごめんなさいっ!ジハードさん、ごめんなさいっ!ドラゴンは最強のはずなのに!ドラゴンの誇りを汚して、ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」
ジハードが、泣いているラミネスの匂いをクンクンと嗅いでいる。
その姿を。
「………おいギース、お前が声かけてやれよ」
「………声かけるって言ったって、一体なんて言ってやればいいのやら………」
ラミネスを捜しに来た俺とジョイスは、その姿を見てラミネスに声をかけるのを躊躇していた。
「ん………、ぐすっ、ジハードさん?」
ジハードが俺の匂いを嗅ぎ取ったのか、陰から見ていた俺とジョイスに気づいた様だ。
そのジハードの行動で、ラミネスも俺達二人に気が付いた。
「………えへへ、負けちゃいました………」
言いながら、目尻に涙を溜め、恥ずかしそうにうつむくラミネス。
「ああー………なんつーか、なあ?よくあそこまで戦ったと思うぜ、俺は。さすがドラゴンハーフってな。正直、俺なら1分ももたねえよ」
「うんうん。はっきり言うが、あのチート女が異常なだけで、負けたことはちっとも恥ずかしいことなんかじゃないぞ?」
ジョイスと俺が慰めるも、ラミネスはちょっと寂しそうな顔で、へへへと頭を掻く。
「先輩、ごめんなさい、優勝できなくて………。それより、二人とも私のところに居ていいんですか?次は二人の試合では?私は負けちゃったから控え席には戻れませんけど、観客席で二人が戦うのを応援してますよ」
「ああ、お前が盛大にステージ壊したから、今は試合の準備中だってさ。それより、優勝の件は気にするな。もうアリサも怒ってないみたいだし。それより、試合が終わったら、約束してた高級ドラゴンフードじゃなくて、最高級のやつを奢ってやろう。めちゃくちゃ頑張ったご褒美だ!」
「な、なんですって!最高級………最高級………」
「これでもかってぐらい、腹いっぱい奢ってもらえよ。あれだけ頑張ったお前さんには、それだけの権利があるぜ」
「ちょ、ちょっとは遠慮しろよ?なあ?」
俺とジョイスのやりとりに、ラミネスが笑い出した。
「ありがとう、元気でました!私、観客席で応援してますね!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「………いい子だな、若干抜けてるとこがあるけども」
「そう言うな、そこもラミネスのいい所だ」
ラミネスが観客席に向かうのを見送って、俺とジョイスはつぶやいた。
「………なあ、ジョイス、頼みがあるんだけどいい?」
「なんだ?あの子の敵討ちに、アリサを倒せとか言われても無理だぞ」
「そんな事はわかってる。俺に、次の試合譲ってくれない?アリサとやってみたいんだわ」
その言葉に、ジョイスがうへえと顔をしかめる。
「お前、正気か?多分だけども、お前がやるより俺がアリサと試合した方が、まだ怪我は少ないと思うんだが。俺はアリサに恨み買う様な事はしてないし。いっそ二人で棄権しちまうってのはどーよ?どうせ勝敗見えてんだからさ」
俺を気遣うジョイスに、俺は軽く息を吸い、
「見てろ?」
そう宣言すると。
「『ファイアーブレス』!」
ぼうっ!
ジョイスの前に、小さな炎を吐き出した。
「うおっ!なんだこれ!なんでお前が炎を吐けるんだよ!」
驚くジョイスに、俺はふふんと胸を張る。
「お前、俺の志望職業忘れたのか?ドラゴン使いは、契約を結んだドラゴンに力を与えるだけじゃない。契約したドラゴンから、力を分けてもらうこともできるんだ。ラミネスはドラゴンハーフとはいえ、当然俺にだって恩恵がある。純血のドラゴンからもらえる力ほどじゃあないが、身体能力だって上がってる。今の俺はもう一般人じゃあないんだぜ?」
「へええー。………いやでも、こん位でどうにかなる相手じゃないだろ?お前が以前より強くなったのは分かったが、あの子よりも強くなったとは思えねーよ。やめといた方がよくないか?そこまでこだわる理由ってなんだ?こんな事で怪我なんかしたらバカらしいだろ」
正論を言うジョイス。
それはそうだ。こんな事して、アリサに勝てる訳もないし、意味もない。
しかし、それでも理由はある。
「ドラゴン使いだからなあ………」
それが、理由。
「ああ?」
怪訝な顔をするジョイス。
「俺がドラゴン使いだからだよ」
そう言って、ジハードの頭に手を置いた。
「こいつらを見ろよ。こんなに大きく、そんでもって俺やお前なんか、一撃で捻り潰せるんだぜ?でもなあ………」
ジハードが、俺が頭に置いた手を、クンクンと匂いをかいでいる。
「俺は、こいつらの飼い主だからな。ラミネスとは仮とはいえ契約を結んだんだ。それがやられて泣いてたら、主としてなんかしてやらんといかんだろ。それが、例え俺がこいつらより弱くてもだ」
「………お前、恥ずかしいな。でもちょっと格好よかった」
「え、マジで?………今のセリフ、また使えるようにメモっておこうかな」
「………ごめん、俺の錯覚だったみたいだわ。それじゃあ、俺は棄権させてもらうかね。観客席であの子と一緒に応援してやんよ」
「お、悪いな。さすが閃光のジョイス、話が分かるな」
「てめえ、いい加減その呼び方をやめろ!後、この際だから言っとくがなあ、俺の名前は………」
「?どうしたんだジハード、いつもより甘えてくるな?」
「おい、聞けよおおおおお!」
ジョイスが何か言いかけるがどうせ大した事ではないだろう。
それよりも、最近落ち着きを持ってくれていたジハードが、俺の方をジッと見て、やたらグイグイと頭を押し付けてくる。
ずっと控え席に居たので、寂しかったのかもしれない。
「まいったな。ジハードは試合には連れてかないで置いていこうと思ってたのに」
「へ?なんでだよ。一応連れてけば、何か戦力の足しになってくれるんじゃないのか?例え契約してなくてもさ」
そうは言っても、相手はあのアリサだ。
グリフォンまでいるのだから、ジハードに怪我をさせないとも限らない。
「置いてくよ、危ないしな。ちょっと行って来るから、いい子にしてるんだぞジハード」
そういって、俺は会場のステージに向かおうと、ジハードに背を向ける。
そのまま数歩歩いたとこで、突然後ろから衝撃を受け、俺は地面にすっ転がされた。
俺が後ろを振り向くと………、
「………ジハードー、頼むよー。いつもいい子なのに、なんでこんな時に限って聞き分けないんだ。お前にも、今日は最高級ドラゴンフードを食わせてやるから………」
俺の後ろからぶつかってきたジハードに、大人しくしてくれと手を伸ばす。
その俺の手のひらに、ジハードが頭をなでて欲しいのか、グイグイと頭を押し付けてきた。
「よしよし、ここでいい子にしててくれたら、ちゃんと帰りにおいしいご飯買ってやる………か………ら………」

言いかけていた、言葉が詰まる。
ジョイスが、それを呆然と眺めながら。

「お………、おい、ギース、おい………、おい!これって、お前………」

ジョイスに言われるまでもない。
俺がジハードに手を置いた、ジハードの額に当たる部分。

そこが、赤く輝いていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「よう、隣いいか?」
観客席で最前列に立つラミネスに、声を掛けてきた者が居た。
「あ、ジョイス先輩。どうしたんですか?もうすぐ試合なのに、こんな所に居ていいんですか?」
「おう、試合なら棄権してきた。後の事はギースの奴に任せてきたぜ」
「ええっ!?き、棄権?私、てっきりジョイス先輩が決勝に行くもんだと思ってました。どうしたんですか、一体?」
ラミネスの言葉に、ジョイスが楽しそうに笑う。
「へっへ、まあ見てろって。ちょっと、面白いことになってきたぞ?」
ざわめく会場内に、放送部のアナウンスが響き渡る。
『えー、大変お待たせいたしました。ようやくステージの補修も終わり、試合が再開できそうです!さあ、続きまして!貧弱職と軽視され続けたスカウトが、まさかの快進撃!閃光の………、え?なに?』
アナウンスをしていた放送部が、何かを話している。
『………えー、ここでお知らせが。ええと、試合を予定していました閃光のジョイス選手が、前試合で足にダメージを負い、今大会は棄権と言うことだそうです』
会場内がざわめいた。
「んだよー、もう見所ねえだろ」
「じゃあ、あのえせドラゴン使いとアリサお姉さまの対戦?あーあ、つまんなくなっちゃったなー。お姉さまじゃなかったらもう帰ってるとこだわ」
「もう見る必要もないな。どうする?帰るか?」
そこかしこでブーイングや非難が飛ぶ。
『えー、というわけで、アリサ選手とギース選手の決勝戦という事になってしまいました。もう、ちゃちゃっといっちゃいましょう!ラミネス選手との激戦の末、見事決勝進出!アリサ=リックスター!』
アナウンスに、アリサがめんどくさそうにステージに上がる。
アリサがステージに登ると、客席からはブーイングもぴたりと止んだ。
『続きましてー!さあ、まさかのハッタリでここまで勝ち残ってきたこの男!メッキが剥がれた所で、よりにもよってこの対戦相手は天罰か!?ギース=シェイカー!』
「帰れー!」
「時間の無駄だろ、棄権しろー!」
あちこちで野次が飛ぶ中、ラミネスが心配そうにジョイスに尋ねる。
「あの、ジョイス先輩、ギース先輩ほんとにアリサさんとやるんですか?その、いくら私と契約してるからって、相手が相手ですし、棄権した方がいいんじゃないかと思うんですが………」
そういって、周りの野次を飛ばす観客達を不安そうに眺め回す。
「だいじょぶだいじょぶ。あいつは、お前さんのご主人様なんだろ?なら、信じて応援してやれって」
「はぁ………」
腑に落ちない表情で、ラミネスが不安げな視線をステージに送る。
その視線の先には、会場からバッシングされる、ジハードを連れたギースの姿。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ねえ、なんであんたが来るのよ?まあ、ジョイスが来たって勝負になる気はしないけど、あんたなんてお話にならないでしょ?ラミネスとの戦闘で疲れてるのよ。もうそこまで怒ってないし、私が優勝しても酷い事はさせないわよ。せいぜい一日私の使い走りになってもらうぐらいで。棄権してくれない?」
本当に、ラミネスとの準決勝は疲れたのだろう。
アリサが、ぐったりした顔でめんどくさそうに言ってきた。
「まあ、そう言わずに。俺にもちょっとは格好つけさせてくれよ。俺、この大会でいいとこないだろ?」
俺の言葉に、アリサが深いため息を付いた。
「あんたねー………。ちゃんと分かってるの?あんただけじゃなく、そこのジハードまで怪我する事になるわよ?」
「お前こそ、あんまウチのジハードを舐めてると、痛い目見るかも分からんぞ?」
アリサの表情が強張った。
「………あんた、何言ってるか分かってんの?あなたのところのドラゴンが強かったのは、優秀なドラゴン使いに使役されていた昔の話。あなたは、ただの落ちこぼれでしょ?優秀な一族のドラゴン使いさん?」

言うなあ………。

「俺は、ドラゴンに好かれる体質らしい」
「………それが?」
俺の言った言葉の意味が分からず、アリサが冷たい視線を向けてくる。
「知ってるか?魔獣使い。優秀なドラゴン使いの条件の一つは、ドラゴンに好かれ易い事らしいぞ?」
「………もう、会話は要らないみたいね?」
「なんだ、お前そんなに俺とお喋りしたかったのか?だからお前はツンデレだって言ってんだよ」
「………………」
アリサが無言で、氷点下な視線を送ってきた。
シャレの分からない奴め。
『なにやらヒートアップしている両者ですが、そろそろ開始してもいいのでしょうか?開始の合図と同時に、ギース選手が蒸発しそうで怖いのですが』
放送部のアナウンスに、会場内に笑いが広がる。
「ギース!悪いこといわんから棄権しろー!」
「あんた、もう引っ込みなさいよ!お姉さまの表彰式が見たいのよ!」
「帰れー!」
観客席から野次が飛ぶ。
もう、こいつらにブレスの一つでも食らわしてしまおうか。

俺が、そう考えていた時だった。
ステージ上の俺とアリサが、巨大な影に包まれる。
それが翼を広げたのだ。

……俺の後ろに従っていたジハードが。

ジハードは、後ろ脚で立ち上がり、大きく翼を広げている。
会場中、すべての人間を威嚇するかのように。
その姿に、会場内のざわめきが静まり返る。
シンと静まり返った会場で、恐る恐る、アリサがぽつりとつぶやいた。

「………………………………な………なにかな?」

ジハードは、息を吸い。

『ゴルルルオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
「ひいいいいっ!」
「わああああああ!」
「に、逃げろおおおおお!」
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
「きゃあああああああっ!」
「ちょ、た、助けてぇっ!」
『うひいいいいいいっ!』
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

雷鳴のような凄まじい咆哮を上げた。

衝撃で、気を失った者、かけていたメガネにひびが入ったもの。
そして………

「………………ぐすっ」

真正面から咆哮を受け、驚いたのか怖かったのか、涙目で、無言で立ち尽くすアリサの姿。
会場が静まり返る中、俺はポツリとつぶやいた。
「『速度増加』」
ジハードの巨体が赤い光に包まれる。
「………えっ?」
アリサが、俺が竜言語魔法を唱えたのに気づいた様だ。
ズンッ!という重い音と共に、後ろ脚で立っていたジハードが地面に前脚を下ろし、肉食獣が獲物を狙う前の前傾姿勢の構えに入る。
「『筋力増加』」
「ちょ、ちょっと!」
メキメキッという音と共に、目に見えてジハードの身体が肥大する。
「なんだ?試合前に補助魔法をかけるのは、別に禁止されていないだろ?『体力増加』」
『これは………、どうやらギース選手、契約が完了していた模様です………!』
放送部員のアナウンスが流れるも、会場からはほとんど声も聞こえない。
「『魔法抵抗力増加』。『状態異常耐性増加』」
「………本気で相手をしてあげるわ」
アリサの足元から、陰を揺らめかせ、数多の魔獣が湧き出した。
「『皮膚強度増加』………試してみればいいが、ジハードには、ラミネスに使ったディスペルマジックは効かないと思うぞ。なんせ存在自体が魔力の塊の、純血のドラゴンだ。害をなす魔法はほとんど無効化しちまうからな」
ジハードの鱗から、ギシッっという引き締まる様な音がした。
「分かってるわよ、そんな事。なら、こっちもこうすればいいだけよ!」
アリサが魔獣に手を向けた。
「あなた達は私が守ってあげるわ。『ファイアシールド』!そして、『ボディプロテクション』!」
ファイアシールドってのは炎を無効化する奴か。プロテクションってからには、防御を固める魔法だろう。
「『感覚器増加』!『ブレス威力増加』!」
そういやウチのジハードは、電撃ブレスを操るって言うのは、アリサに教えてなかったな。
まあいいか。
後は、ラミネスが言っていた、あの魔法。
「『本能回帰』」
これでジハードが好戦的になるらしいが、すでにやる気になってくれてる以上………ッ!?
「ガフッ!ガッ、ゴルルルルルルッ、ガルルルルルル………」
ジハードの様子が突然変わった。

『ブラックドラゴンは、どんなドラゴンよりも凶暴、凶悪』

そんな、ラミネスの言葉が頭をよぎる。
だが、今はそんな事よりも………
「な………んだこれ………」
頭に流れ込んでくるのは強烈な殺意と破壊衝動。
「キイイイイイイイイイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」
今までは威嚇程度だったジハードが、その赤い瞳を爛々と輝かせ、涎を垂らしてアリサと魔獣を見つめている。
「ちょ、ちょっと!分かってるんでしょうね?これは殺し合いじゃなくて試合だからね!?」
この流れ込んでくる強烈な感情は、ジハードのものだろう。
「あ、ああ………や、やばい………」
ジハードの鎖を握る、もう反対側の空いた片手で、ふら付く自分の頭を抑える。
「あ、あんた、どうしたの!?や、やばいってなによ!ていうか、あんた………目が………」
アリサが、世界が、赤く映っていた。
今の俺は、ジハードと同じ色の目をしているのだろうか。
ああ、壊したい、襲いたい。
目の前のアリサを嬲りたい。
圧倒的な力でひれ伏させ、絶望した顔を見てみたい。

アリサを殺して………。

引き裂いて。

その肉を、

食べてみたい。


俺の視界が真っ赤に染まる、その時だった。

「せんぱーい!ふあいとおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

緊迫した空気の中、聞きなれた後輩の声援が轟いた。
なんて空気を読まない奴。
「ゴルルルルルッ、グルアアアアアアア!」
ジハードが、アリサに向かって地を蹴った!
が、アリサに届く前に、魔法の鎖の力により、一定以上進めない。
「ひいっ!」
アリサが泣きそうな顔でステージギリギリまで下がり、魔獣達が庇うように前に出る。
「まだだ、ジハード。まだ、もうちょっと待て」
ラミネスの声援で落ち着きを取り戻した俺は、放送席の方に目をやった。
『あ………、え、えっと、始めても?』
放送部が確認するように、恐る恐るアリサを見る。
「………いいわ、来なさい、シェイカー家のドラゴン使い!私は、ご先祖様とは違って、ドラゴン使いになんかに負けないわ!」
「………いくぞ、リックスター家の魔獣使い。俺が優勝した暁には、俺の一日メイドにでもなってもらおうか!」
「私が優勝した暁には、あんたは一日人間椅子にでもしてあげる!」
シン、と会場が静まり返る。
放送部の一年が、うわずった声で叫んだ。
『試合、開始―!』
「かかれえええええっ!」
「『制限解除』ぉおおおおお!」
アリサが魔獣達に命令し、俺の制限解除の声と共に、ジハードを拘束していた鎖が消えた。
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
生物とは思えない勢いで、まさに稲妻のごとく、ジハードが魔獣達の真っ只中に飛び込んだ!
「きゃあああああああっ!」
とっさにアリサを咥えたケルベロスが、素早く横に飛び退いた。
ケルベロス以外の魔獣達は、一瞬の間にジハードに蹴散らされる。
ジハードに踏まれたマンティコアが弱弱しい悲鳴をあげ、逃げ遅れたユニコーンが、強靭な尻尾で跳ね飛ばされ動かなくなる。
グリフォンにいたってはのど元に食いつかれ、小さな悲鳴をあげていた。
「わ、わああああああああああああっ!」
あっという間の自分の魔獣達の惨状に、アリサが泣きそうな声を上げる。
その声に、ジハードが咥えていたグリフォンを放し、アリサへゆっくりと振り向いた。
ジハードとアリサの間にケルベロスが健気にも立ちふさがる。
アリサがそれを見て、素早く立つと、俺に向かって駆け出した!
そのまま俺に向かって指を指し、一声叫ぶ。
「ラミア――――――――ッ!」
アリサの影が揺らめくと、一匹の蛇女が飛び出した。
それが俺を目がけ、飛びかかる!
やっべえ、魔獣全部出してなかったのか、数を確認してなかった!
「ゴルルルルルルルルルルルルルルッ!」
ジハードがアリサを目がけ、咆哮を上げながら向かっていく。
「がるるるる!」
そのジハードに向かって、果敢にもケルベロスが立ちふさがり、吠え立てた。
さらにジハードの後ろから、トドメには至らなかったらしいグリフォンが飛び掛かる。
グリフォンがそのクチバシと前脚でジハードの尻尾を捕まえ、翼をはためかせて引き留めようとするが……。
だがジハードは、尻尾を捕まえるグリフォンなど気にもかけずに、アリサに向かってステージに敷かれた石タイルを砕きながら突き進む。
俺は眼前に迫るラミアに向かって、息を大きく吸い込んだ。
「これでも食らえ!『サンダーブレス!』」
「ヒギャアッ!」
俺の口から放たれた強烈な電撃が、ラミアに当たり、弾き飛ばす!
「ぎゃー!目、目があああああああ!」
そして俺は、自分で放ったブレスの閃光に目を焼かれ、両目を押さえて、ラミアと共に地面をのた打ち回っていた。
「あ、あんたは何をやってんの!あ………そうか、これならっ!」
アリサはジハードの方を振り向くと、ジハードに向かって指を突きつける。
「ゴルアアアアアアアアアアアアアッ!」
ジハードがグリフォンを地響きを立てて引きずりながら、ケルベロスへと飛び掛った!
「キューン………」
迫るジハードの勢いに、本能的な恐怖に身動きをとれず、小さくなるケルベロス。
それにジハードが食らい付く………!
その寸前で、アリサが叫んだ。
「『フラッシュサイト!』」
「ギャンッ!」
ジハードの悲鳴が聞こえ、それから地響きと共に重い何かが地に落ちる音。
「ジハード!どうした!」
未だに視力が回復しない俺は、ジハードに何が起こったのかわからない。
閃光の魔法で視力を奪われ、地面に落とされたのだろうか。
「今よ!あいつを押し潰しなさいっ!」
アリサの声に嫌な予感がしてその場を飛び退くが、俺は何かに押し倒される。
そして、
「ぐっはあああああああ!」
何か、巨大な物にのしかかられた。
「ギース、勝負あったわね!あんたの上には今、ケルベロスとグリフォンが乗ってるわ!ジハードは目をやられて動けない!どんなに魔法抵抗力が高くたって、単純な光には目だって眩むわ。降参しなさい!でないと、強力な魔法を叩き込むわよ!」
これは、あかん!
ジハードからの力をもらって身体能力が跳ね上がってるが、それでも上に乗っている魔獣に押し潰されない様にするのが精一杯だ!
「さあ、降参しなさい!視力が回復するまでは待てないわ。降参しない………なら………」
アリサの声が小さくなる。
それと同時。
俺の頭の中に、さっきの強烈な感情が吹き荒れた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

目の前が赤くなり、視力が急激に回復していく。何が起こったのか、かろうじて頭を上げてアリサとジハードを見ると………。
ジハードが、真っ直ぐに俺を見ていた。
魔獣に乗られ、足掻く俺。
そして、その俺に指を突きつけるアリサの姿を。
視界が真っ赤に染まっていく。
頭の中に感情の奔流が吹き荒れる。

殺す、許せない、許せない、大切な、大事な、許せない、殺す、壊す、引き裂いて、八つ裂きにして、許せない、許せない、許せない、許せない!


お前は、我が主の敵だ!


「ぐぐぐぐぐ、ぐががががが………!」
視界が赤く染まるごとに身体に力が漲ってくる。
俺は、ゆっくりと、ゆっくりと魔獣を乗せたまま立ち上がり………
「う、嘘………でしょ………」
アリサが呆然とつぶやく中、
バサァッ!という音と共に、ジハードが翼を大きく開いた。
「ぐぐぐぐ、グガガガ、ガルルルルルルル!」
俺はドラゴン達の様な獣じみた声を上げながら、魔獣達を持ち上げていく。
遠目にはジハードが、四肢をステージの石に食い込ませ、しっかりと身体を固定した。
「ちょ、う、うそ………」
アリサがその場にへたり込む中、俺は持ち上げた魔獣二匹をぶん投げた!
地面に叩きつけられ、起き上がろうとする魔獣を無視し、俺はそのままアリサに駆け出す。
アリサの遠く後ろでは、ジハードが息を深く、深く、吸い込み続けていた。
「ガルルルルルル!ゴガアアアアアアアアア!」
俺は本能のまま咆哮を上げ、そのまま低い態勢で、地面を引っかき、蹴りながら、アリサの元へ突っ込んでいく。
やたらステージの石に爪が引っかかると思って見れば、爪が異様に伸びていた。
その先はドラゴン族の爪の様に、硬質的で、長く、鋭い。
「あ………、あ………、ら、『ライトニングブレア』ッ!」
アリサが俺に向かって魔法を放つ。
だが、ジハードの力の影響で魔法抵抗力が跳ね上がり、しかも雷撃ブレスを操る俺に、雷撃魔法が効くはずもなく。
アリサが放った魔法は俺の体の表面で、簡単に弾かれた。
俺は、アリサの目前にたどり着くと………!
「ッ!」
目をきゅっと瞑ったアリサの両肩手を、がしっと掴み。
「俺の………勝ちだろ………?」
荒い息で、なんとかそれだけをアリサに伝える。
「………えっ?」
恐る恐る目を開けるアリサに、俺はジハードと同じ赤い目で、笑いかけた。
「俺の勝ちだろ、魔獣使い?」
「………あ、あんた………」
アリサが、呆然とした表情を浮かべた後。
アリサが、ほっとした様な顔になり、目に涙を溜めて笑い返す。
そして。

「「先輩(ギース)―!後ろ――――――――――――!」」

観客席から響く聞きなれた叫び声。
俺とアリサは、その声に後ろを振り向いた。
バリバリと、素人の目で見ても即座に分かる量の凄まじい静電気。
それが、ジハードの口の周りから聞こえてくる。
ジハードが大きく開いたのどの奥に、青白い光が灯った。
「………………っだあああああああああああああああああ!」
「きゃああああああああああああああああああ!」
アリサを思い切り突き飛ばしたその直後。
俺は、光に包まれた。

どらごんたらし 4章

「だ、誰か助けてくれー!この女は頭がおかしい!」

「誰の頭がおかしいのよ!おかしいのはあんたの頭よっ!」

学園にて、俺は今まさに命の危機に晒されていた。
理不尽にも学園内を追い回され、今や突き当りの廊下に追い詰められていた。
誰も関わり合いになりたくないのか、助けるどころか野次馬すら来てくれない。
「おい落ち着けアリサ!話をしよう!ほら、アメをあげよう!」
「いらないわよそんな物っ!あんた、よくも今年もやらかしてくれたわね!どうすんのよこの景品は!」
言ってアリサが俺の目の前に、一枚の紙を突きつける。
そこには……。

『厳正な抽選の結果により、今年の優勝商品は、前大会優勝者を一日自由にできる権となりました。
前大会優勝者のアリサ=リックスターが優勝した場合においては、当学園の生徒を誰か一人、一日自由にできる権を授与します』

「おい待て、こんな紙切れ一枚で、どうして俺が書いたって決め付けるんだ!何か明確な証拠でもあるのか証拠は!」
「こんな奇抜でロクでもない事書くのはあんたぐらいしか思いつかないからよ!しかも、あんたって昔からくじ運だけはやたらといいし!」
アリサの脇にはケルベロスが控えており、主人であるアリサの命令を今か今かと待ち構えていた。
「言いがかりも大概にしたまえアリサ=リックスター!俺を見損なってもらっては困る。俺も、まだ契約はできていないとは言え、竜を得たドラゴン使いの端くれ。今回契約が間に合えば、本気で優勝を狙っていく。それとも、なにかね、アリサ君。君は俺がアリサ君に何かいかがわしい事でもしてやろうと考えるような、君は俺の事を本気でそんなゲスな人間だと思っていたのかね?」
突如、真剣な眼差しで真顔で返す俺に、アリサが思わず言葉に詰まる。
「う………、そ、それは………」
途端に勢いを失うアリサに、俺は更に諭すように言葉を続ける。
「大体、アリサの場合ファンが多いんだ。アリサ、お前は自分で思っているよりも遥かに美しい顔立ちをしているぞ。それはもう、この学園中でお前の事が気にならない男なんてまずいないだろうと断言できる」
「っ!なっ、なななな………」
真顔で言った俺の言葉に、アリサがみるみる顔を赤らめて言葉に詰まる。
あれ?
これは、いけるんじゃないか?
俺の脳内に住んでいる天才軍師がささやいた。
(今です)
(超OK)
「正直、あの優勝景品を見たとき、実は、俺は密かに決意した。俺が、必ず優勝してやるってな。そして優勝したなら、ずっとお前に伝えたいけど言えなかった、言いたい事がある」
「え………っ、それって、その………」
長い金髪の毛先を指でいじりながら、顔を赤らめ、うつむくアリサ。
(さあとどめを!)
(任せろ!)
俺が真剣な顔でアリサに向き直ると、アリサが顔を赤らめビクっとした。
そして、廊下の突き当たりで対峙する俺とアリサに、突然声をかけて来た男がいた。
「あっ、居た居た!おいギース、お前の考えた優勝景品、一日自由にする権って書いてあるが、(わいせつな行為、法に反する行為等は除く)って注意書きを付けさせてもらうってさ、担任が」
「ちくしょうジョイス、お前はバカだ!覚えてろよ!」
「やっぱあんたが原因じゃないのよおおおおおおお!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

というか、まさかほんとに、今年も俺の書いたものが当たるとは思わなかった。
万が一俺が優勝した暁には、アリサにいつも適当な扱いをされている事への仕返しができるし、俺以外の誰かが優勝した場合も、無茶なお願いでもされて涙目になっているアリサを眺め、優雅にコーヒーでもすすっているってのもいい。
優勝できれば儲け、俺以外が優勝しても儲け、アリサが優勝しても、特にそれほどうらやましくも無いという素晴らしい景品だったのに。
「それじゃあ、何か言い残しておく事はある?」
俺は全身を縛られた状態で校庭の木に逆さに吊られ、アリサはそれを腕を組んで眺めていた。
俺は逆さに吊られながら、無駄とは知りつつ言ってみた。
「今までの事、全て謝るので、許してください」
「断る」
真顔で即答するアリサは、目がちっとも笑っていない。
どうしてこうなった。
あと一息でうやむやにできるところだったのに。とゆーか、
「さっきの反応見た感じだと、案外まんざらでもなかったりした?」
「それ以上何か言ったら、お願いですから早く殺して楽にしてくださいって泣いて頼んでくるような目に遭わせるから」
凶悪なお尋ね者ですらそうそう言わない様な脅しを、アリサが吐いた。
そのとき、強烈な突風が吹き込んだ。
春一番ってやつだ。

「見えた」

腕を組み、スカートを抑えようともしないアリサに、この状況で、何も見えませんでしたなんて白々しい事も言えないので、俺は素直に報告する。
逆さ吊りにされてるものだから、余計にしっかり見えてしまった。
だが、アリサは微動だに一つせず、眉一つ動かすことも、恥ずかしがったりもしなかった。
「………隠さないのか?」
「これから死ぬ人間に今更見られたぐらい、どうだって言うの?」
「………なんでもするので、命だけは助けてください」
「私が、それを聞いてあげるとでも思うの?」
「………………思いません」
木から吊り下げられた俺の周りを、アリサの魔獣達が囲んでいた。
思えば、短い人生だったなあ………。
こんなことなら、もっとジハードと遊んでやればよかったなあ………。
と、その時。
よく聞きなれた、救いの声がかけられた。
「………あ、あの、何してるんですか?二人とも」
俺は声を枯らせて泣き叫んだ。
「ラミネス様ー!」
当たり前の事ながら、状況を把握できていないようだ。
「………えっと、先輩、今度はまたいったい何やらかしたんです?」
「おい、なんで俺が一方的に悪いって決め付けてるんだラミネス!」
ラミネスの姿を見て、アリサの強張っていた表情が若干ほぐれる。
はあ、とため息をつきながら、アリサがラミネスに先程の紙を無言で見せた。
「………先輩、いくらなんでもこれは………」
「なんでお前も、その紙をひと目見ただけで俺が書いた景品だって決め付けるんだよ!俺が書いたんだけども!!」
「や、やっぱり先輩じゃないですか。で、なぜこんなバカな事書いたんですか?こうなるって分からなかったんですか?先輩って、やっぱバカなんですか?」
意外と毒吐くなこいつ。
「はぁ………。もういいわ。元々、大会に出るのも何かが欲しくて出るわけじゃないし。それに、私が優勝すればそれで済むことだしね」
ラミネスが来たことで、怒りが削がれてくれたようだ。
「ありがとうございますアリサ様。しかしまさか、ここまでブチ切れるとはさすがの俺も予想外だったよ。ごめんなさい」
未だ吊られたまま謝る俺に、アリサが微妙な表情で睨みつけてくる。
「………あんた、私がなんでこんなに怒ったのか分かってないの?」
「ん?大会の景品にされたからだろ?」
それを聞いて、アリサがため息をついた。
「………そんな事で、ここまで怒ったりしないわよ。一日自由にできる権って言ったって、たとえ誰が優勝しても、無茶な要求には遠慮なく反撃するつもりよ、私は」
つまり………
「ごまかす為に勢いで口説いた事を怒ってるのか?なんだよ、お前ならあんな事言われるのぐらい日常茶飯事だろ?」
「先輩、それは最低です。それはアリサ先輩も怒りますよ。アリサ先輩なら確かにもてるでしょうけど、女の子をその気もないのに口説くなんて。誰かにそんなことされたら、私ならかじりますよ?」
冷ややかな視線を送ってくるラミネスが気になったが、それ以上にアリサの態度が気になった。
うつむき、若干恥ずかしそうに髪の先を指でくるくるいじり、つぶやいた。
「………ないのよ」
「ん?」
「ない?何がないんですか?」
聞き取れずに聞き返す俺とラミネスに、アリサが真っ赤な顔で叫んだ。
「だから!あんな事言われたことなんて無かったのよ!しかたないでしょ、魔獣連れ歩いてる女なんて、みんな怖がって近づかないわよ!あんたみたいなのでも、あんな顔してあんな事言われたら、普通は緊張したりもするわよ!でも、誤解しないでよね!別に、あんたの事が好きだとか、気になるって言ってるんじゃないのよ!」
………………。
静まり返る俺とラミネスに、若干気圧されたようにアリサがたじろぐ。
「な、なによ………。静かになられても困るんだけど………」
俺は叫んだ。
「ヒャフー!見ろラミネス、どうだ!俺の見る目は完璧だったろ!金髪、お嬢様、幼馴染で気が強い!これだけ揃ってツンデレでなきゃ、アリサは世の男性から石を投げつけられてもおかしくないぞ!」
「先輩、すごいです!今のアリサさんなら、どこに出しても恥ずかしくない立派なツンデレです!」
「あんた達、ちょっと待ちなさいよおおおおお!」
顔を赤くして、涙目で叫ぶアリサがちょっと可愛い。
「おいラミネス、この縄を解いてくれ!ちょっとアリサを抱きしめてやる!」
「了解です!優しく、ぎゅってしてあげてください!」
「あぶりなさい、ケルベロス」
俺の隣で待っていた三つ首の巨大犬、ケルベロスが、俺に炎のブレスを吹きかけてきた。
「助けてぇ!」
「ああっ、先輩!」
炎に炙られ、俺を縛っていた縄が焼き切れる。
当然といえば当然のごとく、俺はそのまま地面に落とされた。
「ぎゃー!」
地面に落ちた痛みと、服についた炎を消すので、俺は地面を転がりまわる。
「全く、この男は………。いいわ、ギース。私が優勝したら、確か学園の生徒を誰でも一人、一日自由にできるのよね。私が優勝したら、あなたを一日自由にさせてもらうわ」
ラミネスに助け起こされながら、俺はよろよろと立ち上がる。
「お、俺をご指名?なんだ、俺の体にいかがわしい事でもする気なのか?残念、さっきジョイスが言ってきたが、(わいせつな行為は除く)って条文が付け加えられるそうだぞ」
俺の言葉に、アリサは怒りも笑いもせず、冷ややかな目で、ふっと鼻で笑ってきた。
「ふふふ、どうしてくれようかしら。一日自由に、ねえ。あははは、どうしてあげようかしら。一日自由に、ねえ!」
「今回の事は俺が全面的に悪かったから、もうほんと勘弁してください」
俺がビクビクしながら、ラミネスの後ろに隠れながら言うと、アリサはただにこにこと笑みを浮かべた。
「大会が楽しみね。ほら、あなた達、そろそろ教室に戻らないと朝礼始まっちゃうわよ?」
そういって、アリサは張り付いた笑みを浮かべながら教室に帰っていった。
「………」
「………」
後には、無言で立ち尽くす俺とラミネス。
俺は、ラミネスにすがりついた。
「ラミネス様ー!どうか、お願いですから優勝してくださいませー!」
「そ、そんなこと言われてもっ!!」

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背後から感じる冷たい視線。
正確には、俺の後ろの席の人間。
後ろの席のアリサから、授業中ずっと視線を感じていた。
怖くて、とても後ろを振り向けない。
これはあかん。
過去、今までも色々とアリサをからかった事はあったが、これは間違いなく過去最大にやばい。
ラミネスに優勝してもらうにしても、アリサ相手では分が悪いだろう。
今日は改めて、アリサを観察して弱点の一つも探っておこうか………。

「それじゃあ、各自ペアを作ってー」

恒例の戦闘訓練の授業。
今日は、俺はジハードを竜舎に置いてきてある。
ジハードの面倒を見ながらでは、アリサの観察をするのは難しいからだ。
「なんだ、今日はあのドラゴンは連れてきてないのか。まあ、俺も助かるが」
恒例の、俺の対戦相手のジョイスが言って来る。
「まあな。というか、ちょっと訳あってアリサの様子を観察してるんだ。今日のところは大人しく負けといてやるから、訓練は適当に頼む」
「いや、負けといてやるって、お前一度も俺に勝ったことねえじゃねーか………」
ぶつくさ言うジョイスを相手に、俺は適当に、ジョイスに殴りかかり、不意打ちし、だまし討ちをしてアリサの観察に励む。
「おい。おい、この野郎。お前、負けてやるから適当に頼むって言っといて、思い切り本気じゃねーか」
「しっ、アリサの訓練が始まる。ちょっと観察させてくれ」
「こ、こいつ………。アリサの相手はボルトか。まぁ、他じゃ相手にならねえわな」
ジョイスがボルトと呼んだアリサの相手。
その男は、ウチのクラスにおいてアリサに次ぐ実力を持つ戦士志望の男だった。
といっても、今までアリサに一度も勝ったところを見た事がない。
「それじゃあ、始めましょうかボルト。今日はどの子がいい?」
「どれでも一緒なんだろうが………、今日はマンティコアで頼もうかな」
アリサとボルトがそんな事を話している。
二人の対戦を見ていると、アリサの影がゆらぎ、そこから1匹の魔獣が現れた。
獅子の身体にサソリの尾を持ち、蝙蝠の羽と美女の顔を持つ魔獣、マンティコア。
獅子の俊敏な動きと、人間のずる賢い知恵を持ち、強力なサソリの毒を持つ魔獣だ。
「いい?毒は使っちゃダメだからね?」
アリサがマンティコアに言い聞かせている。
「うし、そいじゃ、一丁頼む!」
そういうと同時、ボルトがマンティコアに切り込んだ!
マンティコアはその攻撃をなんなくかわし、ボルトの周囲をグルグルとゆっくり回り出す。
獲物の様子を伺うように。
「くそっ、相変わらず、すばしこい奴だ!」
マンティコアを必死に追いかけるボルトを尻目に、アリサはポケットから冊子を出した。
………おい。
「………アリサの弱点観察って、アリサ、戦ってもいねえじゃん」
「だね………」
俺はジョイスに返事を返すと、芝生に座り、冊子を読むアリサを呆然と眺めた。

ダメだ。あの女、思った以上に化け物だ。
普段身近にいたからあまり実感もなくからかったりしていたが、俺は本気でまずい状態ではなかろうか。
ラミネスと互角ぐらいだろうと考えていたが、とんでもないかも知れない。
あの後、ボルトはマンティコア相手にろくな戦いをさせてもらっていなかった。
尻尾で引っ掛けられて転ばされ、ボルトの攻撃は面白いぐらいに空を切る。
結局、ボルトがあちこちにすり傷を負い、訓練時間は終わってしまった。
そして、あのマンティコアにしても、本気を出させていないのだ。
マンティコアが尻尾の毒を使っていたら、一撃で終わってしまう。
そして、確かアリサが影に飼っている魔獣は5匹ほどいたはずだ。
アリサは、本気になればその5匹を一度に襲い掛からせる事ができる。
しかも、魔獣だけではない。
アリサ自身も、そこらの魔法使い志望者顔負けなレベルで、様々な魔法を習得しているのだ。
ええと、………無理だろこれ。

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「作戦は二つある。俺と組んで出場する正攻法と、卑怯だが勝率が上がる秘策だな」
「………え、ええと、正攻法でお願いします」
今日の授業が終わり、その放課後の事。
俺はラミネスと共に居た。
「マジで?ここは楽チンに勝てる秘策でないか?よく考えるんだ、ラミネス。相手は魔王級だぞ」
俺の言葉に、ラミネスがえへへと笑った。
「先輩はドラゴン使いでしょう?私は、ドラゴン使いの強さを知ってます。私のお父さんが、ドラゴン使いだったんです。ドラゴン使いの率いるドラゴンは、最強なんですよ?」
無邪気に笑うラミネスに、激しく心動かされながら、俺はせめてもの足掻きをラミネスに。
「ま、まあドラゴン使いとドラゴンの組み合わせは最強だ。なんせ、ドラゴンは強化されるわ、ドラゴン使いはドラゴンに限りなく近い力を使えるわで、要は、対戦相手はドラゴン二匹を相手にするようなもんだ」
それに、ラミネスがこくこく頷く。
「でもな、今回の場合、俺が弱点になるんだ。お前の場合、まだ成竜じゃあないだろ?当然、俺がお前から借りられる力も制限されたものになる。そこらの一般人よりは強くなるだろうが、アリサの魔獣から攻撃されたら、さすがに俺じゃあひとたまりもないだろう」
「むー………」
「多分、アリサじゃなくても他の連中も真っ先に俺を狙ってくるぞ。まあ、お前と契約すればそこらの相手なら戦えるぐらいにはなるだろうが、アリサは別格だ。アリサの魔法や魔獣に耐えられるのはお前だけだろうな」
「わ、私が先輩を守りますよ!」
拳を握り締め、嬉しいことを言ってくれるラミネス。
ラミネスの意思を曲げさせるのは難しそうだ。
これはしょうがないか。
正攻法でも、可能性がない事もない。
「じゃあ、勝てるかどうか分からんが、正攻法でいってみるか。そういや、俺のわがままに付き合わせる形になる訳だからな。優勝したら、高級ドラゴンフードを腹いっぱい奢ってやる。協力してくれるか?」

「先輩、ここは勝率があがる秘策の方でいきましょう!」

どらごんたらし 3章

穏やかな休日の昼下がり。
俺は、街中をのんびりと散歩していた。

「今日はいい天気ですねえ。こんな日はボールでも投げてもらって、公園とかで思い切り追っかけまわしたいです」

ジハードと共にもう一匹、犬みたいな事を言っているドラゴンハーフを引き連れて。
「いつも思うんだが、お前は本当にドラゴンなんだよな?ハーフだけど」
「いつも言ってますが、れっきとしたドラゴンですよ、ハーフですけど」
休日なだけはあり、街中にもそれなりの人通りがあるが、それらが皆、ジハードを見て驚き、足を止めて眺めていく。
今時ドラゴン使いは珍しいし無理もない。
しかも、ドラゴンハーフの美少女のおまけつきだ。これで見られないはずがない。
そういう所は、ドラゴン使いとしてちょっと優越感を感じられる気がして悪くないので、正直散歩させるのは嫌いじゃない。
とはいえ、あまり人通りの激しい所を散歩するのも迷惑がかかるので、ちょっと人通りの少なめの、有体に言えば、治安のよろしくない通りを散歩コースに選んでいた。
さすがにドラゴンを引き連れた人間に絡んでくる根性のある連中はいない。
それがたとえドラゴンと契約を結べていないなんちゃってドラゴン使いだとしても。
しかし、今日は本当にいい天気だ。
ラミネスみたいに公園で駆け回りたいとは思わないが、昼寝でもしたい気にはさせられる。
毎日が、こんな平穏な日々なら、

「ちょっと、いい加減にしなさいよ!あまりしつこいと、ラミアに締め上げさせるわよ!」

………よかったのに、なぁ………。
俺はため息をつきながら、聞き慣れた声のした方に視線を向けた。
………いるよ、俺の天敵みたいな金髪が。
しかも、なんかガラの悪そうなのに絡まれてるよ………。
あのお嬢様は、なんでこんな治安の悪い通りをフラフラしてやがるんだ………。
そして、同時にむこうもこちらに気が付いた様だ。
当たり前だ。巨大なジハードを引き連れている以上、見つからない訳がない。
俺は、即座に考えを巡らせる。
このまま介入してめんどくさい事に巻き込まれるか、このままダッシュで逃げて、後日アリサから逆恨み的なとばっちりを受けるか。
俺は考えた結果………。

何も見なかった事にした。

「おい、ラミネス。こんなに天気いいんだし、ボール買っていこうぜボール。さっき言ってただろ、公園いって遊ぼうぜ」
俺がラミネスに笑いかけると、俺と一緒にアリサの方を見ていたラミネスが、えっ、と言った表情を浮かべてくる。
「あれあれ?先輩、あの女の人助けないんですか?なんか揉めてるみたいですけど。しかも、私あの女の人学園で見た事あるような………」
「ああ、あれは俺と同じクラスの、アリサ=リックスターだ。聞いた事あるだろ、うちの学年で一番強い奴だ」
「は、はぁ………。名前は聞いた事ありますけども。でも、同じクラスなら、なおさら助けなくていいんですか?」
「ああ、心配ない。ほら、ラミネスはツンデレって言葉聞いた事ないか?あの、有名なやつだ。あの嫌がってるのは、ツンの段階なだけなんだよ。そのうちにデレて、あのお兄さん達とどこかにしけ込むから、ここはそっとしといてやるのが人の道だ」
「なるほど、あの有名な!私初めて見ました。明日友達に自慢しよっと」

「ちょっと待ちなさいよー!」

どうやらやり取りが聞こえていたらしいアリサが、遠くから叫んでいる。
その為、俺達に背を向けた格好だったアリサに絡んでいた二人組が、俺達の存在に気づきこちらを向いた。
「なんだ?嬢ちゃんのお仲間でも………うおおおおおっ!」
「ひいいいいいっ!なななな、なんでこんな街中にドラゴンがっ!?まさか、この時代にドラゴン使いっ!?」
絡んでいた二人組は、俺が連れているジハードの姿におもいきりビビり後ずさる。
「あんた、聞こえてたわよ!なんで私がツンデレなのよ!なんでこの私がこんな連中にデレなきゃなんないのよっ!」
食って掛かるアリサを指さし。
「な?ツンデレっぽいだろ?」
「ほんとだ、あれがツンデレってやつなんですね!なんかあんな感じのセリフ、聞いた事あります」
「ちょっとおおおおお!」
「じゃあ、ここは若い人達に任せて、俺達はお暇しよーぜ」
そう言って、ラミネスとジハードを連れて立ち去ろうとする。
「あっ、おいこいつのドラゴン!契約できてないんじゃねえのか!?ほら、ドラゴンの額を見ろよ、普通契約済みのドラゴンなら、ドラゴンの額とか目立つ所に、何か呪文みたいのが浮かんでるはずだ。このドラゴンにはそれがねえ!」
「おお、マジだ!なんだよこいつ、なんちゃってドラゴン使いかよビビらせやがって!」
いきなり俺が契約できていない事を見抜かれてしまった!
そんな事よりも………っ!
「おい、聞いたかラミネス、契約すると額になんか浮かぶんだってよ!」
「私、初めて知りました!ええー、どんなんだろう。おでこに変な文字書かれたらやだなあ………」
「ねえ、あんた達ドラゴン使いとドラゴンハーフでしょ?なんでそこのチンピラでも知ってる事を知らないの?」
呆れた顔でこちらを見ているアリサの前で、男二人が懐からダガーを取り出した。
え、ちょ、なにこれやばい。
「おい、おちゃらけてんのもそこまでだ。お前、どっかの金持ちのガキか何かか?この金髪の嬢ちゃんといい、こんな危ない所にノコノコ来るなって親に教わらなかったか?」
片方の男が、下卑た笑みを浮かべてダガーを構える。
「ほんとはこっちの金髪のお嬢ちゃんに、ちょっといい所に着いてきてもらおうと思ってたんだけどな。そのドラゴンはお前みたいな金持ちのボンボンには勿体ないペットだ。そいつはちゃんと高値で転売してやるから、兄ちゃん、お前はそこの銀髪の嬢ちゃんとその手に持ってる鎖を置いて、回れ右して帰るといいぜ」
その言葉に、ラミネスが拳を固め、その鳶色の目がスッと細くなる。
アリサがため息をつきながら、めんどくさそうに片手を軽く上に上げた。
ラミネスは今にも飛びかかりそうな態勢を取り、アリサも魔獣を呼ぼうとしている様だ。
どうやら俺をドラゴン使い見習いではなく、ドラゴンをペットにしている金持ちの息子と受け取ったらしい。
まぁ1年最強のラミネスと、2年最強のアリサに任せておけば、そうそう遅れは取らないだろう。
ちょっと情けないが、ここはラミネスの後ろに………
俺が、ラミネスの後ろにコソコソ隠れようとした、その時だった。
巨大な影が、男二人にヌッと近づく。
ジハードが、二人に首を伸ばしたのだ。
「おわっ、ちょっ、こ、こっちくんなっ!」
「うおっ!お、おい、いい子にしてたら、後でうまいもん食わしてやるからっ!」
ご主人様の俺の危機を感じ取ったのか、ジハードは………!
男の持つダガーに興味を示したらしく、その匂いをクンクンしだした。
………ですよねー。
「お、おい………。ちょ、ちょっと………」
呆然として皆が見守る中、ジハードはそのままダガーを………
ゴリッ、ゴギンッ。
………鈍い、金属の潰れる音ともに、そのままダガーをパクついた。
「………あああああああああああああっ俺のダガーがっ!」
「おわっ、おわあああああああ!」
「おおいっ!こらっ、ジハード!そんな物食べちゃダメだろ!お腹壊すぞ、ペッてしなさい、ペッ、て!」
ダガーを食われた男達とは別の意味で俺は慌て、ジハードに吐き出すように促した。
流石にダガーは口に合わなかったらしく、素直にその場に吐き出してくれる。
カランという乾いた音と共に、潰れた鉄の塊が吐き出された。
「ひっ、ちょっ」
驚き、とまどっている男の片方の懐に、ラミネスが小さく息を吐きながら、瞬きするほどのほんの一瞬の間に飛び込んだ。
「ヒュッ」
鋭く吐き出される吐息と共に、ラミネスが腰を落とし、無造作に片手を突き出す。
その突き出された掌が、男の胸にめり込んだ。
「なっ!て、てめっ………」
声も出せずに崩れ落ちる男を見て、もう片方が慌てて飛び退くと、その後ろにずっと立っていたアリサが上げていた片手を下ろす。
「ちょっと、さっきまで散々絡んどいて、今更無視しないでよ」
のんびりとそんな事を言う、アリサの足元の影が大きく波打つ。
そして、上半身が女性、下半身が蛇の胴体を持つ魔獣、アリサに飼われているラミアが、影の中からぬるりと姿を現した。
「嘘だろっ!ま、魔獣使………」
男が最後まで言い終わる前に、影から這い出したラミアが、アリサが指をさす男に向かって飛びかかった。
そして、そのままミシミシというあまり人体から聞こえてはいけない音と共に、男の身体が蛇の胴体によって締め上げられる。
そのまま男が泡を吹いて気を失うまで、数を数える時間もなかった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「おい、助けてくれてありがとうって、可愛く言ってみろ」

「………あんた、もしかしなくても私を助けたつもりでいるの?ジハードとその子には助けてもらったかもしれないけど、あんた何もしてないでしょ」
警察へ、あの連中を突き出した後。
「ドラゴン使いの俺が散歩に引き連れていたドラゴン二匹。それに助けられたなら、俺にも礼を言うのは当たり前だと思うんだ、人として」
「先輩、アリサさんはツンデレだからとか言って、ほっといて公園行こうとしてませんでしたっけ?」
俺の隣でいらん事言うラミネスに笑いかけながら、アリサが、俺には投げやりに言ってくる。
「はいはい、ありがとうありがとう。助けてくれてありがとう。………一年の、確かラミネスだっけ。あなたには、本当に感謝してるわ。ありがとうね」
「いえ、私がお手伝いしなくても、アリサ先輩一人で充分だったみたいですし」
なぜかラミネスと二人、なごみ空間が形成されている。
「おい、俺との態度の違いはずるいぞ。そんなにツンデレ認定されたいのか?」
「こ、この男は昔っから………。ほんと実力はないのに態度だけは大きいわね。その、どんな相手でもズバズバ物怖じしないで物が言えるとこだけは感心するわ。あと、なんであんたは私をそんなにツンデレにしたがるのよ」
「俺の理論と統計に裏打ちされたデータによると、気が強くて金髪でお嬢様で幼馴染なお前のツンデレ率は、98%だ」
「なんなのよ、そのわけわかんないデータは!」
そんなやり取りを見て、ラミネスがクスクスと笑っていた。
「二人とも、仲良いんですね。小さい頃からの知り合いなんですか?」
アリサがそれに苦笑しながらゆっくり頭を振り、
「只の腐れ縁なだけよ。私の家は代々魔獣使いの家柄、そしてこいつの家はドラゴン使いの家柄。昔はライバル関係な家柄だったみたいだけど、今じゃ………ねぇ………」
「おい、なんだその、ねぇ………ってのは。今だってライバルだろーが」
ふっ、とアリサが鼻で笑う。
「ライバルねえ………あなたの場合、まずジハードと契約できるようになりなさいな。そしたら少しは認めてあげる」
「うぐ………。うちの子は大人しくて優しい子だから、戦ったりとか争い事が嫌で契約したがらないんだよきっと。平和を愛する子なんだ」
「凶暴凶悪で知られるブラックドラゴンが、平和を愛する優しい子って何言ってんですか先輩。今のジハードさんは思い切り猫かぶっているだけですよ」
ラミネスが、何言ってんだとばかりに言ってくる。
そういや、こいつ前もブラックドラゴンは凶暴だとか言っていたな。
「そう?私にも、この子は大人しい子にしか見えないけど。私に触られてもこんなにいい子にしてるじゃない?」
アリサが言うとおり、ジハードはアリサに頬をなでられ、気持ちよさそうに目を細めていた。
「それは多分、先輩のご先祖様のおかげですよ。本能を封印する魔法をかけてあるんです。気性が荒い系統のドラゴンには、大概その手の処理が施されるんですよ。契約できれば、先輩が『本能解放』って唱えてやれば、先輩のご先祖様が掛けた魔法だろうし、解放できると思いますよ?平時はその凶暴な気性を押さえておいて、戦闘時にだけ解放してやるんですよ」
「ほほー」
ラミネスの説明を聞きながら、アリサに頬を撫でられ、嬉しそうに眼を細めるジハードに目をやる。
どう見ても、愛くるしいうちのジハードが凶暴だなんて、ピンとこないんだがなあ。
「ま、がんばりなさいな。今度の1、2年合同のトーナメント戦。うまく契約できれば、あなたも出場できるんじゃない?そうすれば、会場の設営なんてやらないで済むかもね?………まぁ、私としてはあなたよりも、そっちのラミネスと戦えるかの方が気になるけどもね?」
「え、私っ?うう………アリサさんは2年生で一番強いとかって聞いてるんですけど。でもトーナメントで会ったら、その時はドラゴンの端くれとして負けませんよ?」
「ふふっ、さっきの戦いぶりであなたがそこらの2年よりも十分強いのは分かってるわ。期待してるわよ?」
あれ、なぜか俺が蚊帳の外に。
ええ、どーせそう簡単に契約できない事くらい分かってますぜ。
しかも、契約できたとしてもしょせん付け焼刃だろうし、アリサにここまで舐められるのもしょうがない。
「ついでにあなたも、ちょっとだけ、ね?」
そう言ってアリサは俺にいたずらっぽく笑いかけてくる。
まるで負ける事なんて微塵も心配してないなこの女。
まあ、たとえ契約ができたとしても、俺もまるで勝てる気はしないんだけども。
「なんだかんだで、先輩の事も期待してるんですね!先輩、頑張ってアリサ先輩の期待に応えましょうよ!私と契約して出場するってのが一番手っ取り早いとは思いますが!私はいつでも構いませんからね?」
「はいはい、どうしても出場したかったら考えとくよ」
さりげなく自己主張してくるラミネスを適当にあしらっていると、ラミネスがにこにこと続けてきた。
「でも、なんだかんだでやっぱり幼馴染ですね!結構仲良さそうじゃないですか」
それに、俺も昔を思い出すように答える。
「まぁ、昔は俺と一緒に風呂に入ったり、同じ布団で寝たり、私ギースのお嫁さんになるんだからー!とか言ってくれるぐらいには仲が良かったんだよ」
「あんたちょっと待ちなさいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
涙目で俺の首を絞めてくるアリサを指さし、
「い、今じゃこんなもん」
「こんなもん、じゃないでしょおお!あんた、何さらっとねつ造してんのよ!あんたとお風呂なんて入った事ないし、泊まった事もないでしょ!家同士もそんなに仲良くなかったんだし、あんまり接点なかったじゃない!」
「ぐぐぐ、見ろ、ラミネス。これがツンデレだ。今にこの女は、あ、あんたの事なんか別になんとも思ってないんだからねっ!とか言いながら俺にハートのくっついたラヴレターとか渡して………、おい、ちょ、脈、脈に決まってる………」
「これがツンデレ………先輩、色んな事知ってるなぁ」
「ちょっと、本気にしてるじゃない!ああもう!」
俺の目の前が暗くなりかけた所で、アリサはようやく俺を解放すると、
「まったく、そういやあんたと関わると大概ロクでもない事に巻き込まれてきたのを今思い出したわ!ったく、もう行くわ。さっきの通りの奥にある、魔道ショップに用事があるのよ。ラミネス?」
「えっ?は、はいっ」
地面に転がる俺を一瞥し、アリサが髪をかき上げ微笑んだ。
「今度のトーナメント、楽しみにしてるわよ?あと………その男とパートナー契約を結びたがっているみたいだけど、他のドラゴン使いを探すのをオススメするわよ?じゃあね」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「危ないところだった………。あのチンピラ連中にダガー突きつけられたときよりも、身の危険を感じたぜ」
「むしろ、なんであそこまで命がけでアリサさんをからかうのかが分かりませんよ」
アリサが去った後、締め上げられた首を擦りながら、街中の散歩に戻っていた。
通りを歩いていると、ラミネスが串焼きの屋台を見つけて嬉々として駆け寄っていく。
「おじちゃーん、いつものちょうだいちょうだい!」
どうやらこの屋台の常連みたいだが、パタパタと尻尾を振りながら屋台に駆け寄る姿はどう見ても犬にしか見えない。
「いつも、ありがとねー」
屋台の親父に笑顔で見送られ、ラミネスが串焼きを数本手にして戻ってきた。
だが、その串焼きはどう見ても………
「な、生だろそれ」
そう、串焼きでなく、串にさした生肉だった。
だがラミネスは、串を片手ににこにこしている。
「これは、こうするんですよ」
言って、ラミネスは息を吸うと………
ごおおおおっ!
………自前で炎を吹いて焼き始めた。
「お前………それ、便利だな………」
「でしょー?あのおじさんにはいつも、屋台で売れ残った、悪くなったお肉を安くもらってるんですよ。私は炎ブレス系のドラゴンですし、お腹の中も常に高温滅菌です。どんな物食べてもお腹壊したことなんてありませんよ!」
串を焼きながら、胸を張って変な自慢をするラミネス。
「なんかお前のドラゴンっぽいところ初めて見た気がする」
「ひ、ひどいっ!私はいつもちゃんとドラってますよ!」
俺の隣を歩きながら串焼きを焼く今のラミネスの姿と、先ほどのチンピラを圧倒したときの勇姿とは似ても似つかない。
「しかし、お前さっきめちゃくちゃ強かったな。ドラゴンの強度と耐久力、それにその炎のブレス。はっきり言ってお前とアリサがやりあってどっちが勝つか、俺には予想できないよ。まぁ、お前かアリサが優勝するんだろうなあ」
「あ、あれっ?もしかして、私超評価されてますか?まあ、これでもドラゴン族の端くれ、あの位はできないと話になりませんよ。私と先輩が組んじゃえば、アリサさんといえども遅れを取る気はしませんよ?先輩と契約結んじゃえば、実質私は生徒として出場じゃなく、先輩の使役する使い魔扱いですし。ほらほら、先輩、優勝したくありませんか?年に一度の学園でのトーナメントです。優勝者は卒業後には色んなところから引っ張りだこらしいですよ?」
さりげなく契約の話を進めながら、右手に持った焼きあがった串にかじりつく。
そのままうまそうに、残さずきれいに平らげた。

串ごと。

「お前、口の周りすすだらけだぞ」
「っ!」
慌てて服の袖で口元を拭うラミネス。
そして、そのラミネスの左手から、何やらもしゃもしゃと食む音が………って、
「あー!ジハードさん何するんですか!」
左手に持っていたまだ焼いてなかった生肉の束を、ジハードがもしゃもしゃやっていた。
「わーん、たまに摂取できる唯一のたんぱく源なのに!」
ラミネスが、空になった両手でジハードに殴りかかるが、頑丈な鱗に覆われたジハードは、そ知らぬ顔でこちらも刺さっていた串ごと串焼きを飲み込んだ。
………お前ら、竹串はちゃんと出そうよ。
ドラゴンは悪食でなんでも食べるとは聞いてたが。
「こらジハード、人様の物勝手に食うなんていけない事だぞ。ラミネス、悪かったな。後でさっきより多めに串焼き買ってやるから」
「うう………今回は、先輩に免じてジハードさんを許してあげます。ジハードさんてば、先輩に迷惑ばかりかけて恥ずかしくないんですか?あなたが先輩と契約すれば、大会だって優勝も狙えるのに。なのに、ジハードさんといったら食べて寝てるだけじゃないですか」
ラミネスがそう言いながらジハードの腹をひじでグリグリするが、ジハードは知らん顔だ。
「優勝ねえ。お前とアリサがいるからなあ。アリサなんて去年の優勝者だぞ。就職活動で忙しい3年はいないといっても、お前ら相手は厳しそうだ」
「何言ってるんですか、契約を結んだドラゴン使いとドラゴンが、ドラゴンハーフや魔獣使いに負けるわけないじゃないですか。それだけドラゴン使いは別格ですよ?それにしても………やっぱりアリサさんて凄いですね。ちなみに、去年の優勝商品はなんだったんですか?確か毎年変わるんですよね?」
あーと、確か………。
「初級ダンジョンへの入場パスだったかな?大会で優勝できるぐらいなら初級ダンジョンへの進入を許可してもいいだろうみたいな感じで」
「………しょぼいですね」
「しょぼいよなあ………」
正直な話初級ダンジョンぐらいだと、ある程度実力が付いてきた生徒なら、夏休みに肝試しがてらに、クラスメイト達とパーティを組み、進入していたりもしている。
もちろん本来は危険なので禁止されている行為だが、そもそもが危険が隣り合わせの冒険者なんて仕事に就きたがる生徒達だ。
ちょっと禁止された程度で大人しくしている連中ではない。
「大会前に、生徒に欲しい物のアンケートを取るんだよ。で、生徒が欲しい物を書いた紙から、学園長がランダムに一枚引いて、それが景品になるってシステムを取ってるな。景品は、よほどな物じゃなければ大概受理されるらしいぞ」
ラミネスがふんふんとうなずく。
「そうかー………。ドラゴンフード一年分とかお願いしたら、私が優勝できなかったら他の人に迷惑かな?できるだけ誰が優勝しても嬉しい物をお願いした方がいいですね。………でも、去年の景品の、初級ダンジョン進入許可章なんて、誰が欲しがったんでしょうね?さすがに、許可なんて貰わなくても勝手に入るから別のにしてくださいなんて言えないでしょうし」
「うーん、まさか選ばれるなんて思ってなかったしな。アリサには悪いことしちまった。去年は、俺は参加すらしなかったから、適当に書いたんだよな。で、後でアリサにバレて散々嫌味言われたっけ」
「先輩の仕業ですかっ!」
ラミネスが、アリサさんかわいそうに………とか言っているが。
景品か………。
まあ、もしかして大会までに契約できたらもちろん出るつもりだし。
今年は真剣に書いてみようか。
まさか、2年連続で俺のが当たるなんて事もないだろうし。
そうだな。
どうせなら、思い切って………。

どらごんたらし 2章

「うひょおおおおおおお!」

学園が終わると同時に、俺はダッシュで帰路につく。
帰り道に、ペットショップでドラゴンフードを買うのも忘れずに。
買うのは、もちろん安物ではなく高級品。
「今帰るぞ、ジハードー!」
ジハードと言うのは、今朝、親父から聞いたドラゴンの名前。
そう、数百年ぶりに突然目覚めた、あのドラゴンの名前だ。
なぜ突然目覚めたのかは分からないが、夢でもなんでもなく、確かにあのドラゴン、ジハードは、今朝もちゃんと洞窟で起きていたのだ。
今日一日、完全に授業もうわの空で、ジハードの事で頭が一杯だった。
とても一人では持ちきれない量のドラゴンフードを、ペットショップを何往復もして大量に買い込む。
………次からは宅配にしてもらおう。
屋敷の倉庫にあった巨大な皿にドラゴンフードを山盛り積むと、台車に乗せ、洞窟まで運ぶ準備を整えた。………と、
「すいませーん!すいませーん!!」
聞き覚えのある声が玄関先から響き渡った。
誰だっけ?
思いつつ、玄関先に回ると、そこには涙目で、必死にドアを叩くラミネスが居た。
その姿を見て、俺は大事な事を思い出す。
「ああっ!お前の事すっかり忘れてたっ!」
「ひどすぎますよっ!!」
涙目………というか、ほぼ泣きながら、ラミネスが俺の胸ぐらを掴んでくる。
「ひど、ひどすぎますよ先輩っ!学校終わったら、公園で待ってるって言ったじゃないですか!しかも、一世一代のパートナー契約の話ですよ!?なんでこんな大事な事忘れるんですか?確かに昨日会ったばかりですけど、そんなに私ってどうでもいい存在ですか!?」
ジハードが目覚めた事ですっかり舞い上がっていたが、こいつの事をすっかり忘れていた。
俺は、尚も玄関先で泣きわめくラミネスをなだめ、なぜ忘れていたのかの経緯を説明する。
それでようやく落ち着いたのか、まだ目尻に涙を溜めたままのラミネスが、ふて腐れながらも聞いてきた。
「………先輩が、別に私の事を嫌ってるとか、無視して帰ったとかじゃないってことは分かりました。まだ納得いかないとこはありますが。ともかく、ドラゴンを一度見せてもらってもいいですか?この目で見て、どんな相手かを確かめない事には、はいそうですかと帰れません!」
むう、しょうがない。
「じゃあ、今からちょうど餌やるから、一緒に来るか?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「おお………。これはまた、なんとも………。適度な湿気といい、洞窟の位置、通路の広さ、洞窟内の温度といい、実に住み心地良さそうな洞窟ですねえ」
洞窟に案内すると、そんな事を口走るラミネス。
俺はと言えば、ラミネスの隣で大量のエサを乗せた台車を引っ張っていた。
「住み心地とかあるのか。やっぱハーフでも、ベットで寝るより、こういう所のがいいもんなのか?」
洞窟を奥へと向かいながら、ラミネスに聞いてみる。
「暖かいベットも勿論いいですけど、でもこういった自然の力が溢れてる所で寝ると、やっぱり気持ちいいですよ。こういう所だと、傷の治りが早かったりだとか恩恵もありますしね。この洞窟は色々手が加えられてますね。きっと先輩のご先祖様でしょうけど、ドラゴンの事を考えた、住みよい設計になってますよ」
そういうもんなのか。流石はご先祖様、代々続いてきた名家だけの事はある。
そうこう話している内に、ジハードの待つ広間に出た。
「ほれラミネス。こいつがウチのジハードだ」
広間の中央には、地面に伏せて目を閉じているジハードが居た。
俺達の気配に気づき、目を開け、こちらに顔を向ける。
俺の隣でラミネスが息をのんだ。
「大きいですね………。少なくとも、下位種のドラゴンではないみたいです。しかも、ブラックドラゴンですか。うう………ぐぬぬぬ」
「ぐぬぬぬってお前。しかし、見ただけで分かるもんなのか、下位種じゃないとか。ついでに、ブラックドラゴンだとなんかあるのか?」
ラミネスの、何故か悔しそうな様子に俺は疑問を投げかけた。
「せ、先輩はドラゴン使いでしょう?むしろ先輩が、見ただけで見抜けないと………。ドラゴンは、年を重ねれば重ねるほど大きくなりますから、あの大きさだと相当長く生きてますね。つまり、ババアです」
ラミネスの言葉に、ジハードがピクリと反応する。
こちらの言っている事が、少しは分かるのかな?
「まあ、代々家に伝わるドラゴンらしいから、相当長生きなのは間違いないな」
言いながら、俺はジハードの前に台車を引っ張っていくと、ジハードが興味深そうに台車の匂いをクンクンしている。
「ドラゴンには、三種類のランクがあります。まず、卵から孵って100年位は下位種、知能は動物並みで体の成長が早く、グングン伸びます。人間で言う成長期ですね。それから、100歳を越えると中位種。この頃から人語を理解したりそこそこ知恵も付いてきます。その中位種が更に長い年月を重ね、完全に自我に目覚めると、上位種と呼ばれるようになります。上位種ともなれば人化の術も使えるはずなので、人の姿を取らない先輩のとこのジハードさんは、中位種ってとこでしょうかね?」
「なるほど」
俺は話を聞きながら、台車にかけてあった埃よけの布を取り払う。
その途端、ジハードが台車の上のエサに釘付けになった。
「そして、ブラックドラゴンは珍しい種族です。戦闘能力は極めて高く、その鱗の強度もドラゴン随一です。でもプライドが高く、扱いづらく懐きにくい。そうですね、例えると………、実力はあるけども、それをかさにきた高慢ちき女ってとこです」
こ、こいつさっきからトゲがあるなあ。
布を取り払うと、ジハードは待ちきれずに台車の上のエサに頭を突っ込みそれを食べだす。買ってきたドラゴンフードに満足してくれているのか、巨大な尻尾をパタパタ振りながらエサを食べる姿が愛らしい。
「先輩のとこのジハードさんは、待てもできないんですか?私ならご飯を前にしても、ちゃんと待ても伏せもできますよ!」
何と争ってるんだお前は。
「長い間眠っていてずっと何も食べていないんだ、腹も減ってるんだろう。………長い間運動もしてないし、食事が終わったらやっぱ散歩だよな。ちょっと、鎖の鍵を取ってくる」
ラミネスに告げると、俺は屋敷に鍵を取りに行く。
それは、ジハードを繋ぎとめている魔法の鎖を外す鍵。
ジハードの首輪から伸びている鎖の端は、洞窟内の奥へと繋がれている。
これを、特殊な鍵で外すことができるのだが、ドラゴン使いは、その端を例えばブレスレット等に変化させ、ドラゴンを連れ歩くときは常に体の一部に身に着けていなければならない。
まぁ連れ歩く事が出来るようになるだけで、こちらの意のままに従ってくれる訳ではない。
完全に従わせ、俺がジハードの、ジハードが俺の力を借り受けられる様になるには、ドラゴンとの契約が必要だ。
ドラゴンが契約してくれるかどうかは、ドラゴン使いの素養によるわけだ。

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「………ふんっ」
腕を組み、ジト目でジハードを見つめるラミネスの目の前で、ジハードはガツガツとエサをほおばっている。
「………まったく。入学当初から、学園内にドラゴン使いがいるって聞かされて。それから先輩の事を調べて、ようやく契約を交わせると思ったら………。一体、なんでまたこんなタイミングで目覚めるのよ、あなたは」
ラミネスの言葉には耳を貸さず、無心でエサをほおばり続けるジハード。
「ちょっと、食べてないで話を聞きなさいよ」
ラミネスは腕を組んだまま台車に近づくと、台車の端に自分の尻尾の先をひっかけ、そのまま自分の下へと引き寄せた。
エサを遠ざけられ、首を伸ばしてエサを追おうとするも、鎖がある為届かない。
ジハードが、紅い瞳でラミネスを見つめ、悲しげな声を上げた。
「キュー………」
「何がキューよ、凶暴凶悪なブラックドラゴンがそんなかわいい声出しちゃって、いやらしい。こんなドラゴンフード一つでぱたぱた先輩に尻尾振っちゃって。こんな………」
言いながら、ラミネスはドラゴンフードを一つつまみあげ、匂いを嗅ぐ。
「こんな………」
そのまま自分の口に放り込んだ。
「むぐ………っ!こんな………こんな………!」
ラミネスはそのまま台車に屈み込むと、両手でわし掴みにしてボリボリとむさぼりだす。
「なにこれ!普段、貧乏な私がどんな食生活をしてると思って………っ!ハグハグッ、流石高級ドラゴンフード、この深い味わいが………」
「………何をしてるんだお前は」
いつの間にかラミネスの背後に立っていた俺は、持っていた俺の腕くらいの大きさがある鍵をラミネスの後頭部に打ち下ろした。
「ぐあっ、いっ、痛っ、先輩、ハーフの私でも、それは流石に痛いですっ!い、いつからそこにいたんですか!?」
後頭部を両手で押さえ、地面を転がりまわるラミネスは無視し、エサをジハードの前に戻してやる。
「お前が腕を組んでジハードを睨んでたとこからだ。というか、ドラゴンハーフのお前には、これぐらいやんないと効かないからだろうが。ウチのジハードいじめんなよなー」
「ううー………」

やがて、エサを食べ終わったジハードが、満足そうに尻尾を振りながら、何かを期待するかのような目で俺を見ている。
やはり、散歩に行きたいのだろうか。ラミネスの話ではブラックドラゴンは懐きにくいと言っていたが、とてもそうは見えないんだが。
というか、初めてジハードを見た時から、なぜか、襲いかかられるかもといった不安や恐怖は微塵も起きなかった。
洞窟の奥に繋がる鎖を外すと、鎖がそのまま腕に巻きつき、ブレスレット状に変化する。
おお、便利なものだ。
「よーし、それじゃジハード、散歩に行こうか………おわあっ!」
その俺の言葉が終わる前に、ジハードはすでに駆け出していた。

「ちょ、ちょっと待ってくれジハード、もっとゆっくり………」
半ば引きずられる様にして洞窟の外に出ると、そこでジハードが立ち止まる。
そのまま翼を大きく広げると、首を俺の方に向けてきた。
「飛びたいんじゃないですかね?乗れって事だと思いますけど………」
後を追ってきたラミネスが言ってくる。
半信半疑でジハードに近づくと、ジハードが顎の下を地面に着けて、俺が登りやすいようにしてくれる。
やばい、かわいい。
というか、どこが懐きにくいんだ、めちゃめちゃいい子じゃないか、ウチのジハード。
「おお………それじゃジハード、乗せてもらうぞ?」
おっかなびっくりジハードの頭の上に登ると、しっかりと角を掴む。
それを合図にジハードが大きく羽ばたいた。
「えっ、ちょっ、わ、私を置いてかないでくださいよ!私も一緒に行きますよ!」
ラミネスが慌てて駆け寄り、今更登るのは無理と判断したのか、ジハードの尻尾にしがみついた。
ジハードはそのまま地面を蹴って羽ばたくと、あっという間に空に向かって舞い上がる。
「おおおおおっ、これはいい!ドラゴンに乗って飛ぶのは、想像以上に気持ちいい!」
ぐんぐん空へと舞い上がり、いやがおうにもテンションが上がる。
そのまま後ろを振り向くと、屋敷がどんどん小さくなっていく。
「ひいいっ、ちょ、高っ、ちょっと、ジハードさんあんまり尻尾振らないでくださいっ!」
尻尾にしがみついたラミネスが、青い顔で喚いている。
そっと地上を見下ろすと、家々が豆粒の様な大きさになっていた。
十分に高度を上げると、やがてジハードが、風を切る様に翼を動かす。
凄まじい風の音と共に、俺が毎日通っている、学園、公園等もあっという間に駆け抜ける。
頬に当たる、若干冷たい風が最高に気持ちいい。
「うひょおおおおお!ジハード、お前は最高だ!ふはははは!この世界の、この広い空は俺達の物だー!」
「キュイ―――――――!」
訳のわからないテンションになって叫ぶ俺に応える様に、ジハードも数百年ぶりの空が気持ちいいのか、機嫌の良さそうな甲高い叫びを上げる。
「せ、先輩がやばいテンションにっ!わ、私だって、後数年も経てば、竜化だってできるようになってみせますよ!そしたら先輩乗せて、それこそこんなにちんたら飛ばず、誰よりも早くかっ飛んでやりますともっ!」
ジハードは、尻尾を大きく持ち上げると、それを鞭のようにしならせて………。

ぺっ。

「キュイ―――――――――――――――ッ!」
それと同時に、ジハードが気持ちよさそうな叫びを上げた。
「ひゃ――――――――」
「おおおおおおいっ!ラミネス―――――――!」

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「ハーフじゃなかったら!ハーフじゃなかったら!!ハーフじゃなかったら、死んでましたよっ!」

あちこちボロボロになりながらも、ジハードに落とされたラミネスは、泣きながら食ってかかってきた。
流石はドラゴンハーフ、こいつも大概頑丈だなあ………。
「ま、まあ生きてたんだしよかったじゃないか。てゆーか、頼むからお前ら仲良くしろよ」
「ううううっ、あちこち痛い………。こ、これはドラゴン同士、譲れないところなんですよ先輩………」
「キュー」
弱ったラミネスの言葉に、ジハードまで返事っぽい鳴き声を上げる。
「よく分からんが、まあお互い納得してるのなら………。お前、大丈夫か?送ってってやろうか?学園の寮に住んでるんだろ?」
「いえ、幸いというか、ちょうど寮の近くに落とされたみたいですし、このまま一人で帰れます。うう、今日の所は大人しく帰ります………。では、先輩、また明日………」
まだフラフラしているラミネスを、一応ちゃんと寮の方向に向かっているのを見送りながら、俺もようやく安心する。
「おいジハード、ハーフとは言えあいつはお前の同族だろ?仲良くしてくれよー」
ため息つきながら諭す俺の脇腹に、ジハードは頭を摺り寄せて甘えてくる。
くそう、かわいいじゃないか。
結局俺はそれ以上叱れもせず、ジハードを連れて帰宅するのだった。

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「ドラゴンを飼う事になりました」

シーンと静まり返る教室内。
そして。
「「「は?」」」
クラスの連中の声がハモった。

翌朝の教室にて。
俺は、嬉々としてクラスの連中に経緯を報告。そして、その反応がこれである。
「は?じゃなくて、なんかあるだろ?ほら、マジかよすげえ!とか、きゃーギース君スゴーイ、私もドラゴンに乗せてー!とか」
「………でさでさ、その店の店長が言うわけなのよ!」
「おーい、誰か次の授業の宿題写させてくれよー、昼休みにジュース奢るからさー」
「で、昨日、その時先輩は見たんだってさ、空から降ってくる銀髪の美少女を。それからだよ、この世に起きない事なんてない、万が一、朝起きて俺が美少女に生まれ変わってたらどうする!って言い出して、もしもの時の為に備えておくって言い残して、女物の下着買いに行ったのは」
何事もなかったかのようにそれまでの会話を続行させるクラスの連中。
「聞けよおおおおおおおおおお!」
「きゃー!何すんのよこのバカ!」
とりあえず、一番近くにいたアリサの机の上に腹ばいに寝そべって抗議してみる。
「ちょっと一般人!次の錬金工学の予習しときたいんだから、机から降りなさいよ。でないとグリフォンに頭突つかせるわよ」
椅子に座ったまま、アリサが冷ややかな目で言ってくる。
「何言ってんだよ、予習なんかしてる場合じゃないだろ!」
言いながらも、ほんとにグリフォンをけしかけられては困るので、一応机からは降りた。
「聞けよアリサ!いや、聞いてくださいな!魔獣使いの対極たるドラゴン使いの俺が、とうとうドラゴンを手に入れたんだよ?これは予習どころじゃないんじゃないか?なぁ?なぁーて!」
めんどくさそうにため息をつくと、アリサがようやくまともにこちらを向く。
「まったく………。ドラゴンが何?その辺のトカゲでも捕まえてきたんでしょ?あなた小さい頃、家のヤモリを捕まえてドラゴンドラゴンって喜んでたわね」
完全にこちらの言うことを信用していないアリサ。
「違うよ!何でそんな昔の事覚えてるんだよ、子供の頃の事は忘れてくれよ!ほら、お前の所の家は、代々俺の所の家とずっと張り合ったりしてただろ?だから、俺ん家が古くからドラゴン使いやってる家だってのも知ってるだろ。で、だ。なんと我が家には、先祖代々受け継がれてきた、由緒正しいドラゴンが居たんだよ!で、それがとうとう長い眠りから覚め、解放されたんだよ!ほれ、なんかワクワクしてきただろ!?」
「………っていう、夢を見たのね?」
「ちがわい!ああ、もう!」
俺はまったく信じようとしないアリサに我慢できなくなり、その手を取る。
「ほら、いいから来いって!ちょっと来てくれってば!」
「ちょっ、ちょっと!ああもう、分かったわよ、引っ張らないでってば!」

そこは竜舎と呼ばれる学園の一角。
今まではドラゴン使いの成り手がいなかったため、ずっと放置されてきた場所だ。
その竜舎の中。俺の隣で、アリサが思わず息を飲んだ。

「い、いたんだ………。ほんとに………。しかも、随分と大きいわね………」

竜舎の中。
そこには、家から連れてきたジハードが眠っていた。
あれだけ長い間眠っていたのに、ウチの子は本当によく眠る。
眠るジハードの頭にそっと手を置くと、眠ったまま、ジハードの尻尾がゆらゆら揺れた。
「ふふふふ、どうだ、このフォルム。美しいだろ?魔獣使いのアリサなら、ちょっと分かってくれるんじゃあないか?」
俺は宝物を見せびらかせる子供のように、アリサに自慢げに笑いかけた。

ええ、正直ずっと誰かに自慢したかったんです。

「ふうん………。確かに、随分と綺麗な子ね。ブラックドラゴンなんて初めて見たけど、これは確かに惹きつけられるものがあるわね」
「だろ、だろ?」
調子に乗った俺に、アリサが一言つぶやいた。
「で、あんた、この子と契約はできてるの?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「なぁ、あいつ、どうしたんだ?」
机に突っ伏してる俺のそばで誰かの声。
「ああ、ほっときなさい。舞い上がって浮かれてた所を現実に戻してあげただけだから」
………くそう、血も涙もない女め。
登校してきてわずか10分で、人のテンションを最低にまで下げやがった。
ドラゴンとドラゴン使いは、契約を交わしてこそ初めてその力が使えるようになる。
ドラゴンを手に入れるのも重要だが、むしろこれからが大変なのだ。
でも、今の所ジハードは背中にだって乗せてくれたわけだし、俺の事を嫌っているわけではない………、はず。
うん、エサだってあげてるんだし今朝もワックスでピカピカに磨いてやる時なんか、気持ちよさそうに尻尾振ってたし。
契約こそはまだだが、多少は言う事聞いてくれるだろう。そう、思いたい。
今日は、昼休みの後は戦闘訓練の授業があるはず。
今までは一般人扱いだった俺だが、今日はクラスの連中を見返してやるぜ!

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

誰かが叫んだ。

「ラ、ラスボスだー!!」

途端にパニック状態になる演習場。
皆が、悲鳴を上げて我先にと逃げ惑っていた。
ラスボスとはつまり………。
「おおおおお、おいギース!お前、なんだよそれなんなんだよそれ!ドラゴン連れてくるなんて反則だろ!どうすんだそんなの!俺なんかスカウト志望だぞ、ダガー一つでそんなバカでかいドラゴンに立ち向かえってのか!」
クラスの、確かジョイスとか言ったスカウト志望の生徒が抗議してくる。
今日の戦闘訓練の授業は、ペアを組んでの模擬戦闘。
俺は普段、限りなく一般人に近かった為、罠を外したり、辺りの様子を探ったりといった、戦闘よりも探索作業が得意な職業、スカウト志望のジョイスと組まされていた。
「いや、ドラゴン使いがドラゴン連れて、反則も何もないだろ。ですよね先生」
「えっ!」
話を振られた担任教師が、びっくりしたような声を上げる。
というかこの担任の女教師は、なぜアリサの後ろに隠れているんだ。
「そそ、そうね!魔獣使いのアリサさんには魔獣の使用は許可しているわけですし、ギース君だけ例外ってわけにもいきませんしね。で、でも、ちゃんと手加減させること!いいですか?授業中に生徒が死んだりしたら、先生の責任になっちゃうんだからね!?ギース君、私の担当してる授業の間は、死者は出さない様にしてくださいね!」
さらりと問題発言をする担任。
他の教師が担当する授業なら生徒が死んでもいいってのか。
「ちょっ、待ってくれ、待ってくれよ!俺、スカウトだよ!?戦闘よりも、罠の感知とかそういった裏方職だよ!?おい、戦士志望の連中代わってくれよ!戦士にとってドラゴンと戦えるなんて名誉な事じゃないのか!?」
ジョイスが半泣きで周りに助けを求めるが、クラスの誰もがそっと目を逸らした。
「諦めろジョイス。思えば、俺が入学して以来ずっとお前との戦いばかりだったが、いよいよ俺達の永い戦いに終止符を打つときが来たようだ………」
「なに永遠のライバルみたいな言い方してんだよ、いつも俺が勝ってたじゃねーか!後、俺はジョイスじゃねえ!ライバルっぽく言っといて、名前すらうろ覚えじゃねーか!」
大声で叫ぶジョイスの肩を、アリサがポンと叩く。
「しょうがないわね、ジョイス。なんなら私が代わってあげるけど?」
「ちょっ、アリサまで!ジョイスじゃねえって!っっ、くそっ!アリサが強いのは知ってるが、流石に女子にドラゴンの相手押し付けて逃げるほど俺はクズじゃねぇ!いいぜ、ギース、かかってこいよ!」
開き直ったジョイスが、ダガーを逆手に持ち替え、構えを見せた。
「そう。じゃあ、ひとつ良いことを教えてあげる。あいつはまだ、ドラゴンと契約を交わせていないわよ。だから、まだ素直には命令を聞いてくれないかもね?」
そう言って、アリサがジョイスに微笑みかける。
ジョイスはちょっとだけ顔を赤くして、改めてこちらに向き直った。
「おい、ずるいぞアリサ!俺の個人情報を勝手に人に教えるのはずるい!」
俺の抗議に、アリサが小さくふふっと笑う。
「じゃあ、ちゃんとドラゴンを操ってみなさいな。それができたなら、次はジョイスの代わりに私が相手をしてあげる。そうしたら、もう一般人なんて呼ばずにちゃんと名前で呼んであげるわよ?」
くそう、端から相手にされていない感じだ。
「ちくしょう、だから俺はジョイスじゃねーって言ってるのに!でもありがてえ、良いこと聞いたぜ。いくぜギース!そのドラゴンが動き出す前に、いつもみたく2秒で降参させてやるよ!」
ジョイスが叫び、俺に向かって駆け出した。
さすがスカウト志望なだけはあり、クラスでも群を抜いて足が速い!
「頼むぞジハードー!お前の力を見せてやれ!」
先程から、俺の後ろでのんびりと伏せているジハードに、俺は初めて命令を下した。
大丈夫、あれだけ世話してあげたんだ、俺をご主人様だという認識くらいは持ってるはず!
そして命令を受けたジハードは………!

俺の後ろ髪に首を近づけ、クンクンと匂いを嗅いでいた。

「ジハードー!」
「よっしゃ、もらったぜ!ギース、今度こそ覚えとけ!俺の名前は………」
ジョイスが俺に肉薄し、何かを言いかけたその時だった。
ジハードがのそりと起き上がる。
「なっ!」
「よし、ジハード!ぶっとばしてしまえっ!」
ジハードはそのままくるりと後ろを向くと、その巨大な尻尾をしならせて………

俺とジョイスを、空高くへと舞い上げた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「頼むよジハードー………。なあ、俺の事嫌いってわけじゃないんだろう?そうだよな?」
帰り道。
俺はジハードの首に繋がれた鎖を引きながら愚痴っていた。
素直に後を付いてくるジハードは、俺の歩く速度に合わせてくれているのか、俺を追い越さないようにゆっくりと歩いてくれる。
「………授業中はてんで言う事聞かないのに、こういうところはちゃんとしてくれるんだなぁ………」
立ち止まり、ジハードを眺める俺に、頭を近づけ、悪びれもせずにその赤い瞳で俺の顔を覗き込む。
手を伸ばして顎の下を撫でてやると、目を細め、まるで猫の様に、もっと撫でてとばかりに首を伸ばしてきた。
「その行動はずるいぞ、怒れなくなるじゃないか。………しょうがないなあ、俺の実力不足だもんな」
一つため息をつき、そのままジハードを連れて歩いていると、家の前で誰かが騒いでいるのに気が付いた。
正確には、俺の家のお隣さん家だ。
騒いでいるのは………
「………何やってんだお前は」
お隣さんが玄関先で飼っている犬とにらみ合い、威嚇しあっているラミネスだった。
けたたましく吠えるお隣さん家の犬と向かい合い、ラミネスは四つん這いの態勢で低いうなり声を響かせていた。
「ぐるるるる………。………あっ、先輩!お帰りなさい!」
俺に気付いたラミネスが立ち上がり、なおも吠え続ける犬にひと声叫ぶ。
「キシャー!」
お隣さん家の犬は一瞬怯むも、またすぐにラミネスに向かって吠えだした。
「むむむ………、犬のくせに、ドラゴンの咆哮を受けても引かないとは生意気な!私も竜族のはしくれ。犬ころに舐められるわけにはいきません!」
そう宣言し、犬に向かって拳を構え、身構えるラミネス。
俺はそのラミネスの後ろ頭をひっぱたいた。
「だから、何やってんだお前は」
「いたっ!先輩、邪魔しないでください!歩いていた私に、先に威嚇してきたのはあいつですよ!ハーフとはいえ、ドラゴンの血を引く者として、奴の挑戦を受けたまでです。あいつを泣かせてやらないと、竜族の誇りってものが………!」
何と戦ってるんだろうこの子は。
そこに、俺の後ろからスッと巨大な影が射す。
お隣さん家の犬は、俺の後ろに付いてきていたジハードを一目見ると、鳴き声をあげて一目散に犬小屋へと逃げ帰った。
「………ジハードを一目見ただけで退散したぞ。これで竜族の誇りとやらは守られたな」
「ううー………」
犬小屋に逃げ込んでプルプルしている犬を、首を伸ばして興味深そうにクンクンしているジハードを見て、ラミネスが悔しげに唇をかんでいた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「先輩、聞きましたよ!学園での事!」

ジハードを裏山の洞窟に連れて行き、エサをやっていると、ラミネスが嬉々として言ってきた。
「………どんな事を?」
まあ、大体予想はついてるが。
ラミネスが腕を組み、勝ち誇った様にふふんと笑う。
「先輩の家のジハードさんは、ちっともいう事聞かなかったそうですね!戦闘訓練でも、対戦相手を先輩ごと跳ね飛ばしたとか。ご飯までもらっといて何もしないなんて、先輩の家のお隣の、ころまるさんでも家の番くらいはしてましたよ」
ぐ………。ウチのジハードだって、そのうちちゃんという事聞いてくれる様に………って、
「あれ、お隣の犬ってころまるって言うのか。初めて知った」
ラミネスが、腕を組んだままコクンと首をかしげた。
「さあ?とりあえず彼とは決着がついていないので、便宜上名前を付けてみただけです。ライバルに名前がないってのも不便ですしね」
ライバルって、それでいいのか。
「まぁ奴とはいずれ決着を付けるとして。先輩、やっぱりこんなわがままな子は放り出して、私にしときませんか?先輩が今あげてるのって、高級ドラゴンフードでしょう?そんな金のかかる女より、私の方が絶対いいですって!私なら、三食塩ご飯で十分です!………あ、晩御飯だけ、ちょっとタンパク質もあると嬉しいなとは思いますが………。基本贅沢は言いませんよ?」
「お前は普段どんな食生活を………。いや、それより今気になることを言ったな。金のかかる………『女』?ウチのジハードはメスなのか?」
話題の主のジハードは、俺達二人の事など気にもせずにエサをパクついている。
ご飯がおいしいのか、パタパタと尻尾を振る姿が愛らしい。
「知らなかったんですか?女の子ですよ、ジハードさんは。ほら、今も露骨に先輩に尻尾振って可愛さアピールしてるじゃないですか、いやらしい」
単にご飯もらって喜んでるだけにしか見えないんだが。
しかし………
「女の子だったのか………」
俺の何気ない呟きに、ラミネスがぴくりと反応する。
「あっ、なんですかその反応?余計なこと言わなきゃよかったかな?………それで先輩。どうですか?ブラックドラゴンなんて、プライド高いしわがままだし、ご飯一つにしてもより好みする贅沢な種族ですよ。私なら、ご飯に文句言いませんし何でも食べます。散歩だって、基本は一人で行けますよ。たまに休みの日に公園とかに連れてってもらって遊んでくれれば十分です」
「………お前、一応聞くが犬じゃなくてドラゴン………なんだよな?」
「なんで最後が疑問形なんですか!ドラゴンですよ!ハーフですけど!散歩と遊びは飼い主の義務ですよ!」
「そ、そうか………。ま、お前には悪いが、このままもうちょっと頑張ってみるよ。ジハードが言う事聞いてくれないってのも、俺の実力不足で契約ができないからだしな。………ていうか聞きたかったんだが、なんでそんなに俺にこだわるんだ?そりゃ、学園内にドラゴン使いは俺一人しかいないかもしれんが、卒業まで待てばドラゴン使いの一人や二人は流石に見つかるだろうに。それにお前の実力なら、無理にドラゴン使いに飼われなくても十分いい成績も残せるだろうし、やっていけると思うんだが」
「う………?」
ラミネスが、途端に所在なさげに落ち着きを無くす。
「まぁ………、私も最初先輩に会うまでは、早いうちからドラゴン使いのパートナーができれば学園でも好成績で卒業できるし、何かといいなーぐらいの感じだったんですけど………。その、なんていうか………。先輩は、いい匂いがするんですよ」
「匂い?」
自分の服の袖を嗅いでみる。風呂は毎日入ってるんだが。
ラミネスが、恥ずかしいのか顔をちょっと赤らめ、目を逸らして言い訳してくる。
「その………、落ち着く匂いっていうか、安心する匂いっていうか………。多分、ドラゴン族の好きな匂いだと思うんですよ。ジハードさんも、よく先輩の匂いを嗅いだりしませんか?」
「ああ、そういえば思い当たる節が」
言われてみれば、何かとクンクンされる様な気がする。
でもジハードに限って言えば、興味のある物は大概クンクンしているような。
さっきも、お隣さん家の犬の匂い嗅いでなかったか。
ラミネスが、俺に笑いかける。

「優秀なドラゴン使いの条件の一つに、ドラゴンに好かれやすいってのがあります。先輩はその点で言えば、優秀なドラゴン使いだと思いますよ?」

どらごんたらし 1章

魔物と呼ばれる存在が、この地上から一掃されて数百年。
平和ながらも退屈な日常を過ぎしていた俺に、事件とも言える出来事が起こった。

それは17歳の春だった。
突然、初対面の女の子に告げられた。

「私を、飼ってくれませんか?」

その子は鳶色の目を持った、誰もが認めるだろう、銀髪のショートカットの美少女で。


俺はもちろん……

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ドラゴン使いという職業がある。

ドラゴン。
それは最強の生物の称号を冠する、この世界で最も巨大な生物。
その体躯は、大きいものでは城ほどの大きさを誇るものすら存在する。
個体により、様々な種類のブレスを操り、鉄よりも固い鱗、岩盤すらも易々と打ち砕く強力な爪と牙を有す。
その圧倒的力を持つ最強の生物、ドラゴンを、意のままに使役し従える者。

それがドラゴン使い。

戦いともなればドラゴンの背に乗り、大空を駆け、支配する。
竜の力を最大限に引き出し、さらには竜と深く結びつく事により、その身に竜の力を宿す事もできる。
誰もがなれるわけではない、選ばれた職業。
そしてここ、冒険者育成学園においてただ一人。
この俺、ギース=シェイカーは、そのエリート職。ドラゴン使いの卵として、将来を期待されていた。

「ちょっと、一般人」

そして、学園内の生徒達からは、やはり一目置かれているからなのか、近づきがたい存在なのか、クラス内でも一人孤立した孤高の存在として……。

「ちょっと、一般人!呼ばれたらすぐ返事ぐらいしなさいよ!あんた、ケルベロスに頭かじらせるわよ!」
「ひい!な、なんですかアリサさん!」
俺は、崇高な自分哲学。
もとい。
自分への言い訳の現実逃避を中断し、物騒な脅しをしてきた美少女にあわてて返事をする。
美少女。
そう、美少女だった。
頭に、とてつもないという表現が付く位の美少女、アリサ=リックスター。
眉目秀麗、学業堪能。素手や武器を使っての戦闘訓練においても、男子生徒を含めてすら、学園上位陣にいるとんでも女。
おまけに、代々続く由緒正しい家柄の、魔獣使い一族の名家のお嬢様でもある。
そして、その由緒正しい家柄の、アリサ自身ももちろん、この学園において魔獣使いを専攻していた。
名家のお嬢様らしい、腰まで流れる金糸の髪。
そして、若干キツメの青い瞳が俺の眼前に近づいてきた。
「分かってんでしょうね!一般人のあんたでも、試合会場の設営くらいはできるでしょう?今回は1、2年合同の個人ごとのトーナメント戦なんだからね。参加しないあなたにも、それなりに働いてもらうわよ。こないだのクラス対抗戦の時みたいに、みんなの荷物抱えたまま行き倒れたりなんて恥だけは、もう晒さないでよね、今回は一年も見てるんだから!」
可愛い顔とは裏腹に、キツイ物言いのこの娘。
よりにもよってこの女、ドラゴン使いの俺を、一般人呼ばわりしてくれた。
「………前回は悪かったよ。でも、そう言うんなら、みんな自分の荷物くらい持ってくれたってよかっただろ?それに………。俺は、一般人じゃない」
そう、これはきちんと言っておくべきこと。
俺はシェイカー一族のドラゴン使い。
それにアリサは、嫌そうに顔をしかめて言い放った。
「はいはい。そうね、あなたは一般人じゃなくドラゴン使いね。『冒険者のお荷物職』なんてよばれるドラゴン使い。この学園でそんな奇特な職業目指してるのなんて、あなたくらいのものよね」
「うう………」
お荷物職………。その言葉に、クラスの連中がクスクス笑う。
俺がアリサに何も言い返せずにいると、アリサはさらに言葉を続けた。
「今の時代、唯でさえいらない子のドラゴン使い。その時点でみんなの荷物持ちくらいはしてくれてもいいと思うんだけど。ついでに言うならあなた。………使役しているドラゴン。一匹もいないじゃない」

………ドラゴン使いと言う職業がある。
それは、ドラゴンを手足のごとく使役する者。
そして、未だドラゴンを一匹も持っていない俺は、確かに一般人だった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

冒険者のお荷物職。
そう呼ばれるのも仕方がない。
国家間で戦争が起こっていた頃。
街道がロクに整備もされず、そこかしこを魔物と呼ばれる存在が徘徊していた昔。
ドラゴン使いがもてはやされていたのはそんな時代。
今はもう、人の手が入っていない土地などほとんどなく、この地上において人に害をなす魔物なんてものは、軒並み駆除されてしまっていた。
戦争なんて、それこそ何百年も起きていない。
ほとんどの者は、ただなんとなく学校へ行き、何らかの平凡な職に就くことになる。
魔王や勇者なんてものが居たのはもう数百年も昔の話だ。
今や、夢を抱き、冒険に憧れる者が挑む場所は、平和なこの時代には限られている。
何時のころからあったのか、この世界各地に存在する、誰が何の目的で作ったのかも分からない地下迷宮。
それらダンジョンの探索が、冒険者と呼ばれる者に残された、唯一の冒険の場だった。
巨大な地下迷宮ともなれば、ドラゴンを連れて入ることもできるのかもしれないが、そんな迷宮はごく希だ。
ドラゴン使い。ドラゴンがいなければ唯の人。
身体の大きなドラゴンが入れない地下迷宮など山ほどある。
そんな所でドラゴン使いにできる事と言えば、せいぜいが荷物持ちくらいなものだ。
ドラゴンの力を一時的に身体に宿し、強力な力を得る竜言語魔法なんてものもあるが、それも近くにドラゴンがいなければ使えない。
そんな訳で、大昔には英雄扱いされていたドラゴン使いも、今やネタ職業的な存在と化していた。
そして、さきほどアリサに言われた事だが、重大な事がもう一つ。

「………俺も、ドラゴン飼いてーな………」

そう。
俺はまだドラゴンを持っていない。
唯でさえお荷物呼ばわりされているドラゴン使いなのに、今の俺はそれ以上にお荷物だった。
とはいえ、ドラゴンなんぞその辺にホイホイ落ちている物でもない。

………………帰ろ。

これ以上考えると眠れなくなりそうなので、深く考えずに帰宅しようと、学園の門をくぐる。

「それ、本当ですか?」

その時だった。
突然後ろから掛けられた声に振り向くと、そこには銀髪の少女が立っていた。
なんだか見たことのある女の子だ。
ああ、そうだ。確か………
「初めまして、ギース先輩。一年の、ラミネス=セレスといいます」
「知ってるよ。有名だもんな」
ラミネス=セレス。色んな意味で有名な一年生。
まず一つ。成績の面で有名だった。
二年のトップがアリサなら、一年のトップがこのラミネス。
天才肌のアリサとは違い、相当な努力家だと言うのを聞いた事がある。
次に、その容姿。
珍しい銀髪に、鳶色の瞳。そして、子供っぽいながらも類まれな美貌。引き締まった体躯と………
その、銀髪の中から後ろへと突き出した、銀色の2本の角と、スカートから覗く、同じく銀色のとかげの尻尾。
彼女がこの学園で有名な、最も大きな理由。
ラミネス=セレスは、ドラゴンハーフだ。

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「ええと、なんでしょう?」
相手は一年なのに、思わず敬語になってしまう。
相手は一年のトップにして、しかもドラゴンハーフなんて希少種だ。
ドラゴンハーフは、人の姿を取ることができるドラゴンと人間との相の子。
人の姿になれるドラゴンは、長い年月を生き抜いた上位種に限られている。
その数少ない上位種のドラゴンが人と結ばれる例なんて、本当に稀有な事だ。
ドラゴンハーフは、ドラゴンの持つ頑強さと体力、魔力、俊敏性。
そして、人の器用さと知能を持つ。
どんな職業についても活躍が期待できる、期待のエリート冒険者候補だ。
そんな彼女は、俺を真っ直ぐ見つめると、意を決した表情で告げてきた。
「先輩………。私を、私を飼ってください!」
突然のとんでも発言に、俺と同じく下校中だった周りの生徒がギョッとする。
周囲の視線が、自然と俺に集まった。
「………い、嫌です」
………………。
ラミネスが、微動だに一つしないで、表情も変えずに息を吸う。
「私を、飼ってくれませんか?」
「嫌」
………。
ラミネスが動かなくなった。
「な、なんでですかっ!」
「うおっ!」
先程までの落ち着いた感じはどこへやら、突如凄い剣幕で咬みついてくるラミネス。
「なぜですか!?やっぱ、私がハーフだからですか!?理由を教えてくださいよ!」
「い、いやだって、気持ちは嬉しいが、初対面で、しかもこんな公衆の面前で、いきなりそんなふしだらな事を言われても………」
「………はっ?えっ、ふしだら………」
俺の言葉に、ラミネスは自分で言ったセリフを思い返し、とたんに顔を赤らめ慌てふためく。
「ちちちち、違います!違いますよ、何言ってんですか、そんな意味じゃないですよ!」
「………?そんな意味じゃなきゃどんな意味なんだ?ご主人様と犬みたいな関係を築きたいって言うんだろ?」
その言葉に周囲がざわつく。
いつの間にか、かなりの野次馬が集まっていた。
「ご主人様と犬っていうより、ご主人様とドラゴンって言うか………。と、とにかくっ!ちょっと一緒に来てください!」
ざわめく周囲をよそに、顔を赤らめ涙目になっているラミネスに、俺は成すすべなく引っ張られていったのだった。

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「先ほどは、私もいきなりすぎました。順を追って話をしますね」
最初からそうして欲しかった。
連れてこられたのは、学園から少し離れた国立公園。散歩している人位はいるものの、ここなら話をしていても目を引くことは………。
いや、ラミネスの、スカートの下から伸びた尻尾に頭のツノ。
やはり珍しいのか、ちらちらと視線を飛ばす者もいた。
学園生でもないし、まあいいか。
「で、結局どうしたんだ?いきなりの熱烈アプローチだったが、俺にそこまで惚れる要素があるか?自分で言うのもなんだけど、あまりパッとしない事ぐらい分かってるぞ?」
言ってて悲しくなるが、そこは流石に自覚している。
黒髪、黒目、中肉中背。
入学初日に怖い先輩に絡まれる程度の生まれつきの目つきの悪さ以外、至って普通の外見だ。
顔はまあ、ブサイク………ではないはずだ、うん。普通水準はあると言い張りたい。
ラミネスが、困った顔で息をつく。
「はぁ………。まず、そこから誤解なんです。聞きたいんですが、先輩はドラゴン使いですよね?」
ドラゴンを所有していないのにドラゴン使いを名乗ってもいいものかは知らないが、学園証にも『ドラゴン使い見習い』と書いてあるし、いいのだろう。
無言で頷く俺をラミネスは真っ直ぐ見つめ。
「先輩、私は半分ですがドラゴンの血を引いています。そして、ドラゴン使いの先輩は現在、飼っているドラゴンはいない。そこで相談なんですが………。私と、ドラゴン使いとドラゴンとの、パートナー契約………。主従の関係を結びませんか?」
………。
………………。
………………………。

「んだよ、もおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

俺は頭を抱えて思い切り絶叫していた。
俺の突然の叫びにラミネスがびくっとしているがどうでもいい。
つまりだ、別に告白でもいかがわしい話でもなく、単に学園内にドラゴン使いが俺しかいないから選ばれた、ただそれだけの話!
「なんだよ思わせぶりな言い回ししやがって!ああ、分かってたよ、分かってたさ!こんなうまい話があるわけない、どうせなんかしょーもない落ちがあるんだろうなって事ぐらいは!常日頃から、何の脈絡もなく美少女に告られたらどうしようとか、朝起きて、隣に美少女が寝てたらどうしようとか、空から美少女が降ってきたらどうしようとか、万が一
そんな事が起きた時の為のシミュレーションはしていたが、ああ、そんな事起こるわけない事ぐらいは理解してたさ!」
「シ、シミュレーションしてたんですか………」
ラミネスが、ちょっと引いた様な顔で後ずさった。
「だがなあ、ちょっと心のどこかで期待だってしてたんだ。この世の中、何があっても不思議じゃないって。夢や希望を諦めるのは、愚か者のすることだって!」
「ゆ、夢や………希望………」
微妙な表情を浮かべてラミネスが呟く。
そんなラミネスをビシと指さすと、ラミネスがまた一歩後ずさった。
「そう、夢や希望!正直、いきなりあんなこと言われて嬉しかったさ!内心ドギマギしつつ、ここは紳士に。ガッつくな!シミュレーション通りに、先輩としての余裕って奴を見せてやれってな!ああ、正直お前みたいな美少女にあんなこと言われたら舞い上がりもするさ!」
「え、あ、そ、その………。ど、どもです………」
顔を赤らめながら、戸惑いながらもちょっと照れた様にはにかむラミネス。
ちくしょう、可愛いじゃねえか!
「ちきしょおおおお!勉強も普通!運動も普通!ああ、何もかも普通でぱっとしない!彼女もいなけりゃ友達もいない!あるのは、代々受け継いだドラゴン使いの能力だけ!しかも今の世の中、ドラゴン使いはいらない子ときたもんだ!」
「な、涙目でそんな事私に言われても!ていうか、聞いてください!先輩の、そのドラゴン使いの能力は、素晴らしいものなんです。私にとっては、あなたはいらない子なんかじゃない!大事な人なんですよ!」
俺のテンションに影響されたのか、顔を真っ赤にして叫び返してくるラミネス。
「ドラゴン使いが今の世に必要とされないのは、ドラゴンを連れていける冒険の場がないからでしょう?ドラゴンから離れると、ドラゴン使いはその力が使えないからでしょう?私なら、ダンジョンだってどこだって、ずっとずっとそばにいれます。あなたが一緒に居てくれたなら、一緒に高みに登れます。ドラゴン使いはお荷物なんかじゃない。私は、ドラゴン使いの強さを知っています!」
ラミネスは、真っ直ぐ俺の目を正面から見つめると、いつの間にこんなに近くにきていたのか、俺の両肩をがしっと掴む。
「先輩!ずっとずっと、私と一緒に歩いてください!」
………これってプロポーズじゃないよな?
(ねぇ、あれってプロポーズ?)
(そうみたい。女の子の方からなんて、だいたん………)
(すげー、プロポーズだー)
公園内にまばらに居た人達が、やりとりを聞いていたらしくあちこちで話題にしている。
これだけ大声で叫んでいれば、聞こえないわけがない。
「え、ええと………。一晩考えさせてもらってもいいか?」
ラミネスにも周囲の声が聞こえたのか、見る見るうちに顔を赤くさせ、こくこくと頷いた。

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「明日、学校が終わったら、この場所で待ってますから!」
ラミネスと別れた帰り道。
俺は、少し冷静になって考えていた。
この話が、実はかなり悪くない事に。
ラミネスは純潔のドラゴンではない。ないが、確かにあいつといればドラゴン使いとしての能力が使えるようになるだろう。
ドラゴン使いの能力は、ドラゴンを強化し、その本来の力を引き出してやること。
そしてもう一つ。
ドラゴン使いはドラゴンから力を借り受け、自身にその力を宿す事ができる。
術者によっては、ドラゴンと同等レベルの力を手にすることすらできるという。
ラミネスはドラゴンハーフだ。
純血のドラゴンには及ばないにしても、それでも、ドラゴン使いとしての能力が使えるようになる。成人していないラミネスだと、契約は仮契約にはなるだろうが、それでも十分すぎる力がある。それに、ラミネスと一緒ならダンジョンだろうがどこだろうが活躍できるようになる。
純血のドラゴンを従えて、使い勝手は悪いが強大な力を手に入れるか。
ラミネスと共に、どんな所でも活躍が見込めるドラゴン使いになるか。
正直言って、かなり魅力的な申し出ではなかろーか。
そもそも、ドラゴンなんてそうそうそこいらを歩いている物ではない。
ドラゴンを手に入れるというのは、ペットショップで犬猫を買うのとはわけが違うのだ。
ドラゴンの卵などが売りに出されないこともないが、大抵は法外な値段が付く。
ドラゴン使いが買うのではなく、一部の富豪達が、ステータスとしてドラゴンを買うのだ。

うーむと唸りながら歩いている内に家に着く。
見てくれだけは立派な、大きな我が家。
今は落ちぶれたとはいえ、一応は由緒正しいドラゴン使いの一族だ。
何代にも渡っていくうちに財産を切り売りもしてきたが、屋敷と裏山だけは残っていた。
「おい、親父ー」
無駄に広さだけはある古い屋敷。
俺は、父親と二人、その屋敷に住んでいた。
空き部屋だらけの中の一室。父親が、仕事部屋として使っている部屋をノックする。
「おう、お帰りー」
部屋に入ると、こちらを振り返りはせず何かに没頭したまま返事だけを返してきた。
「ん、もう飯か?」
「ちがわい」
父親は絵描きだ。頭に、売れないが付くタイプの。
先祖の遺産を切り売りしながら生活しているが、それもあと数年で尽きるだろう。
それもひっくるめて、今回のラミネスの話は理想的だった。
ラミネスと一緒なら、卒業後、すぐに冒険者として生計が立てていける。
「なあ、親父。もしかしたらドラゴンを飼う事ができるかも」
それがハーフの女の子という事は、今は言わないでいいだろう。
あっ、そういやラミネスと主従契約したら、あいつはここに住むんだろうか。
ドラゴンを飼うって事は、一緒に暮らすっていう事だ。
なんだろう、なんだか素敵な展開が見えてきた気がする。
「ほう、そりゃ良かったじゃないか。家のドラゴンは、ちょっと使い物にならないしなぁ」
パレットに絵具を塗りたくりながら、親父がそんな事を………。
「………家のドラゴン?」
親父が何気なく放った一言に、思わず聞き返す。
このおっさん、今なんつった。
「ん?家に代々伝わってるドラゴンだよ。お前が生まれるずっと昔から、裏山に住んでるぞ?お前は見たことなかったんだっけか?」
さらっと言った父親に、俺は背後から掴みかかり親父の身体を揺さぶった。
「初耳だよ!俺がドラゴン使い目指してる事知ってんだろ!なんでそんな大事なこと言ってくれなかったんだよ、おい!」
「うおっ!こら、止めろ!筆が狂うじゃないか!」
「あんたの絵はもうすでに狂ってるだろ!そんな売れない絵なんかどうでもいい!おい、どういう事か説明しろよ!」

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「ほら、ここだ。俺はもう戻るから、お前は好きにしろ。でも、がっかりすると思うぞ?」
親父に連れてこられたのは裏山の中腹にある洞窟だった。
はるか昔から、代々我が家で使役されてきたドラゴン。
ウチが一応元名家として名を馳せていたのもそのドラゴンのおかげらしい。
頑強な扉には鍵が掛けられ、厳重に封印されていた。
俺は親父を見送り、渡された鍵で扉を開ける。
ドラゴンを飼っているだけあり、かなりの広さを持った洞窟内は、意外にも明るかった。
きっとご先祖様が植えたのだろう、そこかしこの壁に光り苔が植えられている。
かなり奥深くまである洞窟を進んでいくと、通路から、開けた空間に繋がった。
広々とした開けたそこには、一匹のドラゴンが居た。
中央にうつぶせの状態で横たわり、長い尻尾が地面に伸ばされている。
そして、親父が言っていた意味を即座に理解する。

ドラゴンは、深く眠っていた。

俺が100回ほど呼吸する間に、ようやくドラゴンが一回呼吸を終える。
それほどに、深く眠っていた。
その巨大なフォルム。
トカゲの頭の後ろから2本の角を突き出させ、翼を付けて、肉食獣を思わせる爪を伸ばす。
そして体表の鱗を黒く、そして滑らかにし、それを民家並みに巨大化させればこんな姿になるだろうか。
首には強力な魔法の掛かった首輪が付けられ、そこから伸びた鎖が、洞窟の最奥の隅へと繋がっていた。
気付けば、俺はそこにどの位立ち尽くしていたのだろう。
そのドラゴンは、とても美しかった。
一体どれだけの時を眠っているのだろう、身体の表面には厚く埃が積もっていた。
その埃の下の、金属を思わせるような光沢を放つ黒い鱗。
戦うために生み出されたとしか思えない、美しく、機能的なフォルムと存在感に、俺は自分が、ドラゴン使いになりたかった理由を思い出した。
ドラゴン。
俺はこの生物に、ずっと昔から魅せられてたんだ。

「いつまでも見とれてる場合じゃないな」

そっとドラゴンに近づいて行く。ドラゴンが怖いからじゃない。
なんだか、起こしてしまってはかわいそうだという気にさせられてしまったのだ。
ドラゴンは、一度深い眠りにつくと、時には数百年も眠り続ける。
ご先祖様も色々起こそうとはしたのだろう。それでも起きなかったんだろうし、きっとこんな気遣いはいらないのだろうが。
そっとドラゴンの頭に手を触れてみる。金属の様な鱗が、硬く、冷たい。
だが、時折吐き出される息が暖かかった。
このドラゴンは確かに生きている。だが、一体いつ目覚めるとも分からない。
「せっかく、こんなにも綺麗なドラゴンなのに………」
俺が今まで見てきた中で、このドラゴンは飛びぬけて美しかった。
それだけに、目を覚まさないのが本当に勿体ない。
きっとこのドラゴンは、これからもいつ目覚めるともなくここで眠り続けるのだろう。
「………埃だけでも落としてやるか」
屋敷から、乾いた布やはたき、そして高級な調度品があった頃の名残だろう、今は使わなくなった、調度品を磨き上げるためのワックス等を持ってくる。
結局俺は、晩飯を食うことも眠ることも忘れ、眠り続けるドラゴンの身体を磨き上げていった。
その巨体をぴかぴかにする頃には、深夜をとっくに過ぎていた。
磨き上げられたそのフォルムを眺め、俺は思わず身震いする。
かっこよすぎだろ、これは。
ワックスを掛けられた鱗の一つに手をやり、そっと撫でてみると、キュッキュッと音がした。
………今夜はここで寝よう。
その姿にすっかり惚れ込んでしまった俺は、毛布を一枚持ってくるとドラゴンの頭に寄り添った。こんな巨大な生物なのに、不思議と恐怖は感じない。
そして、そのまま目を閉じた。
せめて、夢の中でだけでも、一緒に冒険できるといいなと願いながら。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

………脇腹のあたりがくすぐったい。
何か、鼻息の様な、フンフンと匂いでも嗅ぐような。
「む………、くわあああああ………あ………」
どのくらい寝たのだろう。
大きく伸びをし、自分の脇腹の辺りに寝起きの頭で、ぼーっとしながら視線をやると、俺の匂いを興味深そうに嗅いでいる、巨大なドラゴン。
そのドラゴンと目があった。
…………………。
「っっっきょおおおおおおおおおおおお!!」
「ッ!」
あまりの事に飛び起きて後ずさると、ドラゴンもビクッと頭を引っ込める。
………が、しばらくすると、また鼻先を俺に近づけ、フンフンと匂いを嗅ぎだした。
俺はと言えば、ドラゴンの鼻先を払いのけるでもなく、あまりの事に脳が追い付かず、されるがままにクンクンされる。
………ああ、夢か。

そういや寝る時、夢で一緒に冒険しようなって思いながら寝たんだっけか………。