2014年5月2日金曜日

どらごんたらし 5章

「ふふふふっ、ふはははははっ、はーっはっはっは!」
「先輩、なんか顔と笑いが悪役っぽいです」

ここは闘技大会の選手控え室。ジハードは、試合までは外に繋いである。
俺は、この大会での勝利を確信していた。
正確には、俺の勝利を、ではない。
ラミネスが優勝してくれる事をである。

闘技大会は全員参加ではなく、参加したい者の自己申請。
志望する職業によっては、冒険には必須でも、戦闘は苦手な職業というものもある。
例えば、怪我を癒せる治療術師。罠の発見や解除を得意とするスカウト職。
これらは、ダンジョンの探索にはなくてはならない職業だ。
だが、大怪我を治療して仲間に常に感謝される治療術師とは違い、罠の解除や鍵開け、ダンジョンの地図作成や怪物の気配を探知など、冒険には必須だが活躍が地味な職業、スカウト職。前に出れば紙装甲で怪物に瞬殺され、魔法や飛び道具も使えない。
唯一の活躍の場といえば罠の解除などだが、これすらも、解除が成功して当たり前、失敗すれば役立たずと罵られる日陰職。
武闘派ばかりが集まる大会控え室の中に一人、そのスカウトの男が居た。
俺はそいつに近づくと、
「ジョイス、お前なにしてんの?毎回お前と戦闘訓練でペア組んでる俺が言うのも何だが、スカウトのお前が大会に参加とか、無謀もいいとこだろ」
「う、うるせー!俺はジョイスじゃないって言ってんだろ、いい加減名前覚えろ!いや、参加を決めたのはそれのおかげだな。日陰者のスカウト。その地味で目立たない俺だが、せめてこの大会にでて、名前を覚えられるくらいには活躍してやるぜ」
そう宣言するジョイスだが、その表情は緊張で固く強張っていた。
同じくお荷物職と罵られてきたドラゴン使いの俺としては、ジョイスが人事には思えなかった。
「………そうか。頑張れよ?俺も参加するんだ。役立たず職と呼ばれるドラゴン使いとスカウト。日頃、俺たちを小バカにしている連中を見返してやろうぜ?」
「え………。そ、そうだな!おう、スカウトの速度を見せてやるぜ。重い装備でガチガチに固めた連中なんざ、瞬きする前にぶっ倒してやるぜ。お前も頑張れよ、ギース!」
少しだけ緊張がほぐれたのか、ジョイスが軽口を叩いてくる。
「せんぱーい、受付やってますよ!登録に行きましょう!」
そう言ってラミネスがこちらに駆けてくる。
「おーし!行くかラミネス!おいジョイス、お前登録は済ませたの?まだなら一緒に行こうぜ」
「ジョイスじゃねえって言ってんだろ!てか、なんでお前そんなに自信満々なんだよ、やっぱあのドラゴンがいるからか?………ああくそ、緊張で腹痛くなってきた。お、おい、頼む、俺の分の登録もして来てくれないか?」
「しょうがないな、登録は済ませといてやるからとっととトイレ行ってこいよ」
「す、すまねえ!」
そう言って駆け出していくジョイスを見送り、俺はつぶやいた。
「スカウトだからなあ。ダガー一本で、重装備の連中にどれだけ渡り合えるかだよな、あいつの場合」
正直、俺と同じく日陰者として扱われてきたあいつには、頑張って欲しい。
「あ、先輩、私達の番ですよ」
ラミネスに言われて、受付前で申請をする。
申請といっても、クラスと職業、名前を書いていくだけだ。
そこに、ラミネスがさらさらと名前を書いた。
続いて俺も………。
ドラゴン使い、ギース=シェイカー。
思えば、ジョイスとの戦闘訓練を抜きにして、ドラゴン使いとしてデビューするのはこれが初めてになる訳だ。

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「ふーん。あんた、ほんとに出るんだ」
アリサだった。
控え室でうろうろしていた俺を見つけ、つまらなそうに声を掛けてくる。
「まあな。ドラゴン使いの本気って奴を見せ付けてやるぜ。なぜ、昔はドラゴン使いが英雄視されていたのかをな!」
「………ふーん。私とあたった時は棄権する事ね。大会での事故は罪に問われないのよ?まあ、私が優勝しないことを祈っておくことね。………え、ジョイス、あなたも出るの?」
「………もう、ジョイスでいいよ………」
俺の隣で、なぜかジョイスがいじけている。
「おいアリサ。お前、油断してると、このラミネスさんに痛い目にあわされる事になるぞ?」
物騒な脅しをしてくるアリサに、俺は啖呵を切った。
ラミネスの後ろから。
「せ、先輩、押さないでくださいよ………。でも、アリサ先輩、先輩と戦えるのを楽しみにしてますよ。ドラゴンの端くれとして、負けませんから!」
人懐こい笑顔でアリサに宣言するラミネスに、アリサも笑いかける。
「ふふっ、ざっと参加者のリストを見たけれど、楽しめそうなのはあなたぐらいね。楽しみにしてるわよ?」
「ほえずらかくなよー!」
「………あんたは、ラミネスの後ろからじゃなく堂々と言いなさいよ。あんたと戦うのも楽しみにしてあげるわ。さっきも言ったけど、私と当たったら棄権する事を進めとくわよ?やる気なら、ズタズタにしてあげる」
そう言うと、アリサは俺にも笑いかけてくる。
ラミネスに向けた笑顔とはあきらかに異質な笑顔を。
こ、怖いです。
「おっ、見ろよ。試合のトーナメント表が張り出されるみたいだぜ」
ジョイスの言うとおり、控え室に対戦表が張り出された。
対戦は勝ち抜き形式で行われる。
今頃、控え室の外の観客席にもこの対戦表が張り出されている事だろう。
対戦で名前を確認し、思わず胸を撫で下ろす。
俺の名前はアリサやラミネスとは一番遠い所にあり、別ブロックに名前があった。
つまり、俺はアリサやラミネスとは決勝まで当たらない。
そして、俺が参加した目的は、実は自分が優勝することではない。
アリサとラミネスが対戦するときに、この控え室に居ること自体が目的だった。
しかし、二人が戦う前に俺が敗退してしまっては控え室から出なければならなくなる。
ふふふ、後でバレて卑怯だとか汚いとか言われても、知るかそんなもの。
今の俺にはリアルに命の危険が迫っているのだ。
俺の目的はただ一つ。
アリサを優勝させないこと。
と、そのとき俺の隣でジョイスがつぶやく。
「え………まじかよ………」
ジョイスが対戦表を眺めて青い顔をしている。
そこには、一回戦、第一試合の所にジョイスの名前。
「なんだ、いきなりだから緊張してるのか。まあ、気楽になれよ。俺なんか、二年間学園最弱って言われてたのに、なぜかここに居るんだぜ」
「はは………。一回戦で、緊張してるってのも確かにあるが………。俺の、対戦相手がさあ………」
聖騎士アレク=マイトガイ。
「………」
「………」
黙りこくる俺とジョイスに、不審に思ったラミネスが聞いてくる。
「どうしたんですか?この、アレクって人。強いんですか?」

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「それでは!皆様大変お待たせしました。年に一度のイベント、武闘大会を開催いたします!」
放送部の一年の女の子による、魔法で拡大された声が大音量で響き渡ると、会場内がワッと沸いた。
年に一度のお祭り騒ぎみたいなものだ。
普段大した娯楽の無い学生達にとって、この日を楽しみにしている連中も多い。
「さあ、今年の対戦カードは激熱です!前年度優勝者のアリサ=リックスター!そして、皆さんご存知、ドラゴンハーフのラミネス=セレス!」
「おお、やっぱ注目されてるなお前!」
「えへへ………。い、いやあ」
照れ照れと頭を掻くラミネスをよそに、アナウンスが続けられる。
「そして、今年の優勝商品はなんと!前年度優勝者のアリサ=リックスターさんを一日好きにできるという夢の景品!これを聞いて参加を決意した男子生徒多数!女子生徒も多数!」
「男子は分かるが、女子まで参加者増えたのか………、いでっ!痛っ痛っ、おいやめろ!無言で蹴るな!」
真っ赤な顔で、無言で俺の足をゲシゲシ蹴ってくるアリサ。
「一日自由!もちろんわいせつな行為や法に触れる行為をやらせるのは禁止です。しかし!アリサ先輩にあれこれ命令できるこの夢の権利!膝枕をするもよし!されるもよし!年上のアリサ先輩に、私をお姉ちゃんとか呼ばせるのもよし!………あっ、失礼、鼻血が」
この放送部の一年、色々とダメなんじゃないかな。
「とにかく、前年度に比べ、今年はそんな素敵な夢の景品です!今大会はいやがおうにも盛り上がります!しかも、本日は一回戦からあのお方!」
やたらテンション高い放送部の声に、会場内のテンションも高まっている。
「そう!前年度の準優勝者にして、聖騎士を目指す者が女性相手に剣は向けれないとの理由で、前年度、アリサ先輩との決勝戦を棄権したジェントルメン!聖騎士、アレク=マイトガイ!」
名前が呼ばれるとともに、会場内が沸いた。
それと同時に、ステージに一人の男が上がってくる。
銀色の重そうな鎧に身を包んだ、柔らかそうな金髪の男。

アレク=マイトガイ。

剣の腕はトップクラス。代々続く、由緒正しい聖騎士の家系であり、成績優秀、品行方正、そして爽やかな整った顔立ちを持つ、言ってみればアリサの女版のような完璧超人。
付いたあだ名が勇者様。
俺やジョイスの様な落ちこぼれとは対極にいる男である。
しかも、俺のようなみんなにバカにされたりからかわれたりするようなの相手でも、真剣に対応してくれる、超が付くいい奴だ。
もし俺が美少女だったならうっかり惚れているところだ。
会場内に飛ぶ、女子達による黄色い声援に、ラミネスが目を丸くする。
「ひゃー、イケメンだぁ。すごい人気ですねえ、あの人。しかも、物腰からしてかなり強そうです」
「あらやだ、なにこの娘。ラミネス、お前もあんなイケメンタイプがお好みですか?」
「へへへ、私はちょっとぐらい問題児で人間的にダメな所があっても、先輩みたいな、一緒に居て落ち着く、いい匂いのする人の方がいいですよ」
言って、無邪気に笑いかけてくる。
「………問題児とかダメ人間ってとこに引っかかるが、この大会が終わったら、高級ドラゴンフードをお腹いっぱい食べさせてやろう」
「わーい!」
「あんた達、バカ言ってないで、次はジョイスの呼ばれる番よ。ほらあんたも、同じクラスなんだしジョイスを応援しなさいよ?でもジョイス、緊張してるわね。ガクガクじゃない」
アリサに言われて、ステージの上を注視する。
そこには、まだ呼ばれてもいないのにフラフラとステージに上がってきたジョイスの姿。
これはあかん、ガチガチに緊張している。
柔軟な動きと速さが売りのスカウトが、あんな動きでどうするんだ。
『さあ、今大会の有力候補の対戦相手は、職業スカウト。二年の………』
そこで、アナウンスが一旦止まった。
さあ、読め!読むんだ!
『ええと………、2年の…せ、閃光のジョイス………です………ぶふっ!』
アナウンスが吹き出すと同時に、俺の隣のアリサとラミネス、そして会場の全員が吹き出した。
「ぶはっ、閃光(笑)」
「閃光のジョイス(笑)」
「いいぞ閃光のジョイスー!お前最高だー!」
あちこちで飛ぶ野次に、ジョイスが俺に向かって叫んできた。
「ちくしょうギース、お前はバカだ!やりやがったな、覚えてろよ!」
それに俺は笑顔で返す。
「やったじゃないか、感謝しろよ閃光のジョイス!お前、名前覚えられるぐらい目立ちたかったんだろ!今のお前はヒーローだ!」
先程、ジョイスが俺に受付での登録を頼んだ際に、ジョイスの分の登録のとき、頭に閃光の、と付け足しておいたのだ。
「ちくしょう、学園全員にジョイスで覚えられたじゃねえか!おい、お前も笑ってんじゃねえ!」
そう言ってジョイスが叫んだ先には、笑いをこらえるアレクの姿。
「ひ、ひどすぎます、ひどすぎますよ先輩、く、くふふっ」
「あ、あんたねー、ふふふふっ、ふふっ、閃光っ、か、可哀想なことするんじゃないわよっ。はあっ、………でも、おかげでジョイス、もうすっかり緊張は解けたみたいね。まさかとは思うけど、あんた、狙ってやったの?」
「アリサに景品の件がばれたのはジョイスのせいなので、いつかやり返してやろうと思ってただけです」
「ですよねー。ええ、そんなことだろうとは思ってたわー。でも。閃光のジョイス、ちょっとはいいとこ見せてくれるかもよ?」
そう言って、アリサがふふっと嬉しそうに優しく笑った。

「あーあ、ったく、あの野郎には後できっちりお返ししてやんないとな」
「いや、ごめんごめん。笑ってしまって申し訳ない。騎士として人を笑うなんていけない事だ。許して欲しい」
アレクが、そう言って頭を下げる。
「ちっ、もういいさ。おかげで色々吹っ切れた」
そう言いながら、ジョイスは首をコキコキひねり、リラックスした手足をブラブラさせた。
「アリサさんのクラスのスカウトだね。いい試合になることを期待しているよ」
「いい試合もクソも、一瞬で終わるだろ。元々、半ばノリで出場したようなもんだしな。俺、武器はダガー一本しか持ってねえんだぞ。こんなもんで、フルアーマーの聖騎士様にどうやって立ち向かえってんだ」
ジョイスのやけくそ気味の嘆きに、思わずアレクも苦笑する。
『それでは、第一回戦!アレク対自称閃光のジョイス!始めー!』
開始の合図と共に、アレクが腰の剣の柄に手を添える。
「自称とか言うな!くそっ、こうなりゃヤケだ、やってやらあー!」
ジョイスが、威勢よく声を上げ、腰のダガーを勢いよく引き抜いた!
勢いが良すぎたのか、引き抜かれたダガーがすっぽ抜け、離れた位置にいるアレクの前に転がった。
「………」
「………」
思わず無言になる二人と、それを見て再び爆笑する会場の観客達。
「閃光のジョイス、お前やっぱり最高だー!」
野次が飛ばされ、更に会場がどっと沸いた。
「ええと………、ダガー、これ1本って言ってなかったかい?」
「………………うん」
苦笑しながらアレクがその場にかがみ込む。
流石は聖騎士志望。このまま素手のジョイスに切りかかれば勝負が付くものを、武器を失ったジョイスに、ダガーを返してやるつもりだろう。
と、アレクがしゃがみこんだその時だった。
「「「あっ」」」
会場と、控え室に居た全員が思わずハモる。
しゃがみこんだアレクが顔を上げると、そこには、隠し持っていた別のダガーをのど元に突きつける、ジョイスがいた。
「………こ、降参する」
アレクが両手を上げ、潔くギブアップした。
『汚っ!』
思わず一年が叫ぶのも無理はない。
たちまち会場中に、ジョイスに対してのブーイングが吹き荒れた。
そのジョイスを眺めながら、アリサがぽつりと呟く。
「汚くなんかないわ」
「えっ?」
俺の隣のアリサの言葉に、俺は聞き返す。
「ジョイスの作戦勝ちでしょうね。試合前に、ダガーは一本しかないって思わせといて、不自然でないように相手の足元にダガーを投げる。騎士志望のアレクなら、武器を拾って返す事も全部予想してたんでしょうね。ダンジョンに潜るようになれば、擬態をして不意打ちやだまし討ちをするモンスターだっているのよ?開始の合図が出てたのに、油断したアレクが悪いわ」
「なるほど」
それに、と、隣で聞いていたラミネスが付け加える。
「それに、私も普通の人に比べて速いつもりでしたけど、ジョイス先輩の速さは相当ですよ。あの一瞬で、気配も音も無く、あの距離を詰めるってのはスカウト以外にはできないと思います」
「でしょうね。後は………、まあ、あんたのおかげかもね?後でジュースでもおごってもらいなさいな」
「ん?なぜ俺が関係してんの?」
「さあ?本人に聞いてみなさい」
そういって、アリサがいたずらっぽく笑った。
「?まあいいか。それよりお前ら、そういうフォローはあれに直接言ってやると喜ぶと思うぞ」
俺が指差す先には、会場の観客に向かって涙目で言い返すジョイスの姿があった。

「う、うるせー!スカウトが奇襲して何が悪いってんだ!」
「うん、何も悪くないよ。完全に俺の油断だった」
観客に怒鳴り返すジョイスに、アレクが、拾ったダガーを返しながら笑いかける。
「お、おう………。ま、まあ、半分はあいつのおかげだろうな。あれのおかげで緊張も解けた。ロクでもねえあだ名付けられたが」
「ふふっ、閃光のジョイスなんてアナウンスがなかったら、僕もここまで油断はしなかったと思うよ。あれですっかり君を見くびってしまった。君とはまたやりたいね、閃光のジョイス」
「うっせ、閃光のジョイスって言うな。俺の名前は………」
「おーい、閃光のジョイス!試合終わったならとっととひっこめー!次はラミネスの試合なんだ、早く試合見せろー!」
遠く、選手の控え席側から、ロクでもないあだ名をつけた張本人が叫んでいる。
「てめーこの野郎!その名前で呼ぶんじゃねえよ!」

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「おいてめえ、やってくれたな!」
「いやあ、それほどでも」
凄い剣幕で帰ってきたジョイスに、俺は照れ照れと頭をかく。
「この野郎!」
「ちょっと、うるさいわよあんた達。次はラミネスの番でしょ?大人しく見てなさいよ」
ジョイスがアリサにたしなめられ、ちっと舌打ちしつつステージの上を見る。
「あのドラゴンハーフの子か。ちょっと見物だよな。アリサに対抗できるのって実際あの子ぐらいだろ?俺が倒したアレクは、どうせ女と当たったら棄権してただろうし」
「おいジョイス。俺、桃ジュースが飲みたい」
「あ!?お前、どの口がそんな事言うんだよ!俺をあんな目に合わせといて、更にパシリにしようってか!」
「アリサが、俺はジョイスにジュースの一つもおごって貰ってもいいって言ってたぞ」
「うっ………。ちくしょう、待ってろ!」
そういって、ジョイスが意外と素直に駆けていく。
「あれ、ほんとに行った。どうしたんだあいつ」
「ふふっ、理由が分からないならいいわ。それより、はじまるわよ?」

ステージに立つラミネスに、会場の皆が注視していた。
学園にて、アリサに次ぐ知名度を持つ実力者。
噂は聞くものの、実際にはラミネスの戦いぶりを見た事がない者が多い。
『さあ、続きまして!皆様期待の一年生!思わず、お弁当の残りを分けてあげたくなる学園の人気者のドラゴンハーフ!武闘家、ラミネス=セレス!』
アナウンスに会場がわっと沸く。
さすがラミネスの人気は相当なものだ。
放送部が、弁当の残りを分けてあげたくなるとか言ってたが、やっぱりあいつ、一年の間でも犬みたいなポジションなんではなかろうか。
『さあ、その対戦相手は、防御も固いが頭も固いと評判の二年生、戦士、マイケル=ゲイン!』
「おい、あの放送部、さっきからちょくちょくおかしな事いってるぞ!」
ラミネスの対戦相手が叫んでいる。
ラミネスの対戦相手、マイケルは、重装備でガチガチに固めた戦士系。
華はないが、その耐久力と防御力でみんなの盾になるナイスガイだ。
マイケルを包む分厚い金属鎧は、素手のラミネスには厳しいかもしれない。
『では、注目の二回戦!始めー!』
合図とともに、マイケルが頑丈な盾を正面に構え、腰を落とす。
そして片手で剣を引き抜いた。
それに対してラミネスは、すっ、と態勢を低くする。
会場が静まり返る中、ラミネスが地を蹴った!
そのままマイケルに向かって真っ直ぐに、低い態勢のまま突っ込んでいく。
マイケルが、左手の盾を前に出し、迎え撃つ構えを見せた。
ラミネスの最初の一撃を受け止めて、反撃するつもりだろう。
ラミネスはマイケルの構えを見ても、そのまま勢いを殺す事無く………。
肩口から、マイケルに真正面から突っ込んだ。
ドガアッ!という、鈍く重い音と共に、真正面から体当たりを食らったマイケルが思い切り跳ね飛ばされる。
マイケルは、そのまま何度も地面を転がると、そのままぴくりとも動かなくなった。
………。
一瞬会場が静まり返り、一拍置いて会場が沸く。
『瞬殺です!前の試合も一瞬でしたが、今回は気持ち良いぐらいの一撃です!勝者、ラミネス=セレス!』

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「先輩、勝ちましたよ!」
満面の笑みを浮かべたラミネスが、大喜びで帰ってくる。
ラミネスには悪いが、なんだか、投げたボールをちゃんと取ってこれてはしゃぐ犬を連想してしまうのはなぜだろう。
「おめでとう、ラミネス。あなたと当たった時の参考にでもって思って試合見てたけど、あれじゃ参考も何も無かったわね。正直、ドラゴンハーフの強さをちょっと甘く見てたわ」
「えへへ、どうもです」
アリサの言葉に、ラミネスが素直に喜ぶ。
「やったなラミネス!余裕だったな。鉄製の鎧着た相手にどう戦うのかと思ってたが、そんな心配なかったな!」
俺のねぎらいに、ラミネスが照れながら頭を掻いた。
「へへへ、鉄製の鎧だと、私が殴ると思い切りへこんじゃうんですよ。鉄製の鎧が体にめり込んだままになっちゃうので、鎧を着た相手には、手加減して体当たりです」
「「手加減………」」
思わずアリサとハモってしまったが、考えてみれば、ドラゴンの鱗は鉄より硬い。
ラミネスの皮膚もドラゴン並みの硬さなのだろう。
きっとラミネスにとっては、鉄鎧をぶち抜く事もたやすいのだろう。
「待たせたなー。ほれ、ジュース………って、あれ?もう試合終わっちまったのかよ」
「うん。ラミネスが体当たりしただけで終わっちまった」
ジュースを持って帰ってきたジョイスに、試合の様子を教えてやる。
「え、なにそれ怖い。もしこの娘と当たることがあったら棄権だな。まあ俺はAブロックだから決勝まで当たんないだろうけど」
「ジョイス、お前決勝まで行けると思ってるのか?Aブロックにはこの俺がいるのに?」
「………いつも思うんだけど、お前のその自信はどこから来るんだよ」
「全くだわ。昔から、実力はないのに誰に対しても態度だけは………、って、私の出番ね」
話している間に試合は進み、アリサと俺以外はトーナメントの初戦は終わっていた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわね」
どこかへ散歩にでも出かけるような気楽さで、学園最強と言われてきたアリサはステージに向かっていった。

『さあ、お待たせしました!皆様お待ちかねの、この人です!2年生最強のこのお方、唯でさえ凶悪な魔獣使いという職業にして、魔法まで使えるという反則性能!アリサ=リックスター!』
そのアナウンスに、会場が沸いた。
堂々とステージに上がったアリサは、会場に向けてか、不幸な対戦相手に向けてか、にっこりと笑う。
『対するは、咬ませ犬感が半端ない、魔法戦士、ギル=ネイカー!』
「おい、もう試合はどうでもいい!あの放送部の一年しばいてくる!」
俺も、さっきからちょこちょこおかしな事を言うあの放送部員は、しばいてきた方がいいと思う。
「まあ落ち着いて。こんなお祭りなかなか無いんだし、せっかくだもの。遊びましょう?」
アリサににこりと笑いかけられ、ギルが落ち着きを取り戻す。
というか、ちょっと顔が赤い。
『さあ、それではいってみましょう!試合、始めー!』
開始の声と同時に、アリサの足元の影が揺らめいた。
会場内から、おおっ!と、どよめきの声が上がる。
姿を現したのは、巨大な、羽の生えた獅子の身体にワシの頭。
グリフォン。
怪物の中でも上位に位置するその巨大な魔獣は、熟練の冒険者にとっても強敵だ。
「う、うお………」
ギルがその大きさに圧倒されて、思わず後ずさる。
「行きなさい」
アリサの命令に、グリフォンが翼を広げた。
「くっ、くそっ!これでも食らえ!『アンクルスネア』!」
ギルが、グリフォンを飛ばせまいと足止めの為の魔法を唱える。
ステージに張り巡らされたタイルを突き破り、地面から植物のツタが伸び、グリフォンの足に絡みつく。
が、グリフォンはそれを意にも介さず羽ばたいた。
ぶちぶちと絡まったツタを引きちぎり、グリフォンが舞い上がる。
そのままグリフォンは下降し、ギルへと狙いを定めた。
「ひっ!ちょっ、や、やべえ!」
グリフォンから逃れようとするギルに、アリサが容赦なく追い討ちをかける。
「『アンクルスネア』」
ギルがグリフォンに使った魔法を、そっくりそのままアリサが唱えた。
途端に、ギルが湧き出してきたツタに足を絡め取られる。
動けなくなったギルに、グリフォンは狙いを定め………
「ま、参った!降参だ、勘弁してくれ!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「さすがですね、アリサさん。魔法まで使えるなんて」
「存在自体が反則だよなー。それでいてあいつ、運動神経もいいからな。大概の武器も使いこなしてたぞ」
全く、改めて嫌になる強さだ。アリサは本気になれば、数多くの魔獣を呼び出すことができる。つまり、今の相手は本気を出すまでもなかったのだろう。
ラミネスには、あの化け物じみた女に勝ってもらわねばならないのだ。
「次はお前だろ?どうやって勝つつもりか知らんが、まぁ見ててやるよ」
「先輩、頑張ってください!わがままなジハードさんも、さすがに空気読んで戦ってくれますよ!」
ジョイスとラミネスの激励を受け、俺は不敵に笑みを浮かべた。
「任せろ、お前ら!俺には今回、秘策があるのだ!」


『さあ、続きまして!ラミネス選手の影に埋もれるも、実は1年の期待の星!魔法使い、ネスティ=フィール!』
ステージに、魔法使いの少女が登る。
『さて、何を思ったのかこの男、知る人ぞ知る学園唯一のドラゴン使い!今大会の色物要員として参戦か!?ドラゴン使い、ギース=シェイカー!』
そのアナウンスに、会場に笑いが巻き起こる。
あの放送部員、大会が終わったら絶対に痛い目に遭わせてやろう。
笑いは、やがてざわめきに、そして、やがてどよめきへと変わっていった。

俺が頭に跨った………。

ジハードの姿を見て。

『あ、あれえー!?』

「マ、マジかよ………。ドラゴン飼いだしたって話、本当だったのかよ………」
「おいおい、どう考えても、あの一年じゃ無理だろ」
「ギースだろ?あの、お荷物要員だった、ギースだろ?」
ざわめく観客。
そして、対戦相手のネスティが、カタカタと震えながら呟いた。
「え………、ええー?」
涙目の一年生の魔法使いが、震えながらも両手で杖を構えて立つ。
ああ………、この手を使うの申し訳ないなあ………。

そこらの、2階建ての家ほどの巨体。
それが、悠々とステージに向かっていく。
黒光りする、鉄よりも硬いその恐るべき鱗は、見るものを魅了する美しい滑らかさを持つ。
一歩歩くごとに、ズシン、という重い地響きを立てながら、俺を頭に乗せたジハードが、ステージの上に登っていった。
『………ええと。は、始めー!って、言っちゃっていいんですかね?』
戸惑う放送部員のアナウンス。
「あ、あわわわわ………、はわわわわわわわ………」
ステージに登るジハードを見ただけで、もはや、涙目というより、半泣きのネスティ。
俺は、ぽつりと呟いた。
「ウチのジハードに、できれば人肉の味を覚えさせたくないのになあ………」
ネスティが、声を張り上げ、泣き叫ぶ。

「棄権しますうううう!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ちょっと。あれが秘策?なめてんの?」
帰ってきた俺に、アリサが非難がましいジト目で言ってくる。
「なんとでも言え。ハッタリで勝てるならそのまま行く。そして、秘策ってのは、なにもハッタリの事じゃないぞ?」
「そうなの?じゃあなによ?」
「気づかなかったか?俺が、ジハードの頭に乗って登場してきたのを。ここ最近の特訓の成果により、ジハードに伏せを教え込む事に成功したのだ!これにより、いつでもジハードに搭乗可能!あんな高いところにいる俺に攻撃を仕掛けられるのは、アーチャーか魔法使いくらいなものだろう。だが、トーナメントの俺の今後の対戦相手を見ると、接近戦しかできない連中ばかり。つまり、俺は高いところから相手に石でも投げていじめまわしてやるという完璧な作戦だ」
「ええー!ここ最近、特訓に励んでるって言ってたのはそんな事のためにやってたんですか!?戦闘訓練とかじゃなく?」
「そーだよ?」
「お、お前、それでいいのか?それに、そんなのいずれ参加者にバレるんじゃないのか?あのドラゴンが、実は温厚で大人しいって。そしたら、流石にドラゴンには攻撃は仕掛けなくても、なんとかドラゴンによじ登ろうとかしてくるんじゃねーの?」
「まあ、ばれた時はその時だ。後何戦かはハッタリで行けるだろ」
それに、俺の目的は優勝や活躍することじゃない。
「あ、あんたねー。そんなんで勝ち進んで意味はあるの?自分が優勝するつもりで参戦してきたのかと思ってたんだけど。そんなんじゃ、私には通用しないわよ?」
「今はなんとでも言え。俺の目的は優勝じゃない」
そう。俺の目的は、アリサとラミネスの対戦の時まで、この控え席に残っている事。
ラミネスとアリサが戦うときにこそ、本当の意味での秘策があった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

順当に駒を進めるアリサとラミネス。
持ち前の尊大な態度とハッタリで、俺もちゃんと残っていた。
そして………
「意外ねー………」
「意外だよなあ」
「な、なんで二人して俺の方見るんだよ!意外で悪かったな!」
本当に意外な事に、ジョイスまでもが勝ち残っていた。
「でもでも、ジョイス先輩、速くてほとんどの対戦相手が対応できてませんでしたよ。私は一年だから知りませんけど、ジョイス先輩って普段からもっと評価されてもいいんじゃないですか?」
ラミネスのフォローに、ジョイスが雷に打たれたように驚愕の表情を浮かべた後、涙ぐむ。
「うう………、一年、お前いい奴だなあ………。俺は本来、後方支援のスカウトだから、いつも戦闘訓練はギースと組まされてたんだよ。毎回俺が勝ってたが、ドラゴンを持ってないドラゴン使いなんて、勝って当たり前だろ?だから、今まで誰にも評価されなかったんだ………」
「ジョイスがここまで勝ち残っていると言う事は、普段ジョイスに負け続けている俺も、実はそんなに弱くないと言う事が言えなくもないんではなかろうか」
「あんたジョイスが風邪で休んでた時、臨時で組まされてた治療術師の女の子に負けてなかった?」
「う、うるへー!そろそろ出番だ。行って来る!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

『さぁ、色物要員かと思われていたのがまさかの本命の一角に躍り出たこの男!ドラゴン使い、ギース=シェイカー!』
放送部のアナウンスとともに、ジハードの頭に乗った俺はステージ上に登る。
沸きあがる歓声の前に、俺の内心は緊張していた。
この試合さえ乗り切れば、後は準決勝へ進むことができる。
試合の順番的に、これさえ終われば、ラミネスとアリサの対戦が終わるまで、俺の試合はもうない。
後一息だ。
『では、無謀ともいえる対戦相手の紹介です!好戦的なことで知られる2年生!学園の強い人には軒並み喧嘩を売り、ことごとく返り討ちに在ったこの男!最近ではただのどM説まで流れている武闘家。オッズ=ドボルト!』
「ど、どM………そんな噂が流れてるのか………」
ステージに若干落ち込みながら登ってきたのは、隣のクラスの武闘家の生徒。
あまり話した事はないが、確かアリサにまで勝負を挑み、ボコボコにされていた奴だ。
「オッズ。残念だが、ここで敗退してもらおう。素手で戦うのを得意とする武闘家のお前では、ドラゴンの鱗には傷も付けられないだろう?棄権する事をオススメする」
俺はこれまでの他の連中にしてきた様に、試合前に降伏勧告を促した。
よほどのバカでなければ、これで退いてくれるはずなのだが………。
「やってみないと分からんさ!俺の拳は石をも砕く。俺は、極限まで鍛え上げた、一切の武器に頼らない武闘家こそが、最強の冒険者になれると信じている。ドラゴンだって、いずれはこの拳で倒して見せるさ!」
そんな暑苦しいことを言って、オッズはビシと拳を突き出した。
………どうしよう、よほどのバカの脳筋タイプだ。
『おおっと、オッズ選手、無謀にも戦いを挑むようです!どうやら、どM説が真実味を帯びてきました!』
「お、おい一年!滅多なこと言うな!」
オッズが放送部に抗議しているが、こっちはそれどころじゃあない。
やばい、考えろ、乗り切る方法を!
『それでは!ギース=シェイカー対オッズ=ドボルト!試合、開始―!』
くそ、始まってしまった!
「行くぞ!敵わないまでも、武闘家の意地ってヤツを見せてやる!」
言って、オッズが身構える。
成るようになれ!
「ジハード!あの男はお前の敵だ!蹴散らせー!」
俺がジハードに命令すると、身構えていたオッズがびくっとする。
会場の観客達が息を呑んで注目する中、ジハードは………!
目をぱちくりさせ、その場にのんびりと佇んでいた。
ああっ、ですよね!
オッズが不審そうな表情を浮かべて戸惑いを見せる。
「どうした?こないのか?それとも、俺が素手だから遠慮してるのか?」
そんな訳あるか!
やばい、なんとかしないと!
俺はジハードの耳元に、相手や観客には聞こえないような小さな声で、必死にジハードに向かって囁いた。
「ほら、ジハード、頼むから動いてくれよ!帰ったら、おいしいご飯を食べさせるから!」
俺が必死に呼びかけると、ジハードが動き出した。
ジハードはその身体を大きく動かすと………!
首を伸ばし、ステージの石畳に向かって俺が降りやすいように寝そべった。
伏せじゃねええええええええええ!

『………これは、まさか………』

おい、やめろ、言うな。
「………まさか、まだそのドラゴンと、契約できていないのか?」
ジハードが伏せて俺に攻撃が可能な最悪の状況で、オッズにバレた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

『なんという事でしょう、ギース選手、まさかの未契約!ここまでハッタリで勝ち残るという快挙を成し遂げていました!』
そのアナウンスに会場が爆笑の渦に包まれた。
ちくしょう、あの一年覚えてろよ!
「ははっ、なんて奴だ!そんな手で優勝掻っ攫う気でいたのか?卑怯な奴め!」
ごもっとも。
「くそっ、ばれちまったらしょうがない!ジハード、伏せはもういい、さあ、起き上がってくれ!」
ジハードに慌てて命じると、ジハードはそれに応えてゆっくりと頭を上げる。
オッズがそれを見て駆け寄ってきた。
「そうは行くか!なんちゃってドラゴン使い、速攻で決着を付けさせてもらう!」
さすがに武闘家、重い鎧は何も付けず、しかも鍛え抜いているだけあって動きが早い!
このままでは、ジハードが起き上がるよりも早く、オッズの攻撃が俺に届く位置まできてしまう!
何かないかと懐を探るも、武器になるようなものは………!

その時、懐にある物を見つけていた。
それは、ラミネスやジハードと遊ぶときに使っていた、拳大のゴムボール。
………………。
「ジハード!取ってこーい!」
俺はオッズが向かってくる方にボールを放り投げると、ジハードに向かって命令した。
そのボールを見て、ジハードが遊んでもらえるものと思い、地響きを立てながらボールを追いかけていく!
ボールを追いかけるジハードの間にいるオッズの姿には目もくれずに。
「えっ、ちょっ、ちょっと待て………!おわあああああああああ!」
ボールを追いかけるのに夢中になったジハードに跳ね飛ばされ、オッズが動かなくなる。
『え、ええー?』
あまりの幕切れに、放送部が不満そうな声を上げた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「先輩。お疲れ様です。幸運でしたねー!」
「ふう、危ない所だったがなんとか乗り切ったぜ」
出迎えてくれたラミネスに、俺は汗を拭いながら応える。
「あんたねえ………みっともないにも程があるでしょ?もう棄権したら?」
控え席に戻った俺に、アリサが呆れた表情で言ってきた。
「しかしひでえブーイングだな。またえらい嫌われぶりだな、ギース」
ジョイスの言葉通り、会場には俺の戦いぶりに対するブーイングが吹き荒れていた。
先ほどの、ジョイスの奇襲どころの騒ぎじゃあない。
だが、ジョイスがからかう様に言ってくるが、もうブーイングだろうが野次だろうがどうでもいい。
これで俺の準備は万膳なのだ。
後は、ラミネスがアリサに勝ってくれればそれでいい。
それを見届けた後は、棄権でもなんでもしてやろう!

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「いよいよだな。ラミネス、準備はいいか?」
「はい!でも、さすがにちょっと緊張します!」
次はアリサとラミネスの準決勝。
そして今、ステージの上ではジョイスが試合を行っていた。
ジョイスが勝てば、アリサとラミネスの試合の後は俺とジョイスとの準決勝になるが、ラミネスとアリサの試合さえ終われば、俺はもう負けていい。
「ジョイスー!あなた、フットワークが命でしょう!?もっと足を使わないでどうするの!あっ、転んだ!」
アリサは俺達とは離れた場所で、ジョイスの試合の観戦に注意をそがれている。
というか、アリサが最後に凄く気になる一言を叫んだんだが。
やるなら今だ。
「じゃあ、いくぞ?」
「は、はい!先輩、ふつつかな私ですが、どうか末永く、お願いします!」
「………契約はしても、お前はまだ成竜じゃないんだから、家で飼ってやる事はできないからな?」
「は、はい!ちゃんと卒業までは待ちますよ!」
こいつ、ちゃんと分かってるんだろうな、心配になってきた。
ドラゴン使いとドラゴンは、一定の範囲の距離内に居ないと力が使えない。
ステージと観客席は離れすぎている為、俺がラミネスに対してドラゴン使いの力を行使し続けるには、ステージのすぐ傍の、選手の控え席にいる必要があった。
俺がここまで勝ち残ってきた意味は、今、このときの為にある。
「ほんとにここまでうまく行くとは思ってなかったからな。………すまないジハード、浮気な俺を許してくれ!」
俺は今この場にはいないジハードに懺悔する。
「ふふふ、こうして既成事実ができていく訳ですね。今から、私の暴れっぷりを先輩に見せて、私が卒業して成人する頃には、先輩のほうから同居してくれって言わせてみせます!」
「今日のお前はなんて頼もしいんだ。いつもは犬みたいな奴とか唯のアホの子だと思っていたが、今日のお前は輝いてるぜ!」
「先輩、いくら先輩でもかじりますよ?」
じと目になるラミネスの額に、俺は右手の掌を乗せた。
ラミネスが目をきゅっとつむる。
額に置かれた掌が熱を帯び、やがて、熱が冷めていく。
そっと掌をのけると、ラミネスの額には青い契約印が残っていた。
「おお………できた!初めて契約ができたぜ!」
「えっ、これで終わりですか?案外あっさりですね!どれどれ………」
ラミネスが、額の紋様を鏡の前に覗きに行く。
これで一応はひと段落。
これでラミネスの力を引き出せるはずだ。
「何かこそこそやってるみたいだけど、最初からあなたが参加者で、ラミネスが使い魔って形で出場すればよかったんじゃないの?」
「そんなもん、試合開始と同時に俺だけ襲撃されて、速攻で試合終わっちゃうだろうに………、おわぁ!」
いつの間にかアリサが、俺の後ろに立っていた。
「別に、今更驚かなくてもいいわよ。そもそも、私としては最初からラミネスと組むと思ってたのに。これで少し、楽しみが増えたわ。ドラゴン使いとドラゴンハーフ。ほんとは、ちゃんとしたドラゴンを率いたドラゴン使いとやり合ってみたかったけど、ラミネス相手なら申し分ないわね」
会場が沸いた。
ジョイスの試合が終わったのだろう。
「先輩、これけっこうおしゃれですね!ちょっと気に入りました!」
戻って来たラミネスに、俺は告げる。
「おいラミネス、アリサにあっさりバレちまった」
「え」
動きが止まるラミネスに、
「二人で、全力できなさいな。私の家とギースの家。昔は、ライバルだったらしいわよ?ドラゴン使いと魔獣使い。一体どっちが上なのかしらね?」
アリサはそういって、楽しそうに笑いかけた。
「それじゃあ、先に行くわよ?いい試合をしましょう、ラミネス」
アリサはそう言い残すと、ステージ上に向かっていった。
「ふひー、危なかったぜ、どうよ、俺の逆転劇は」
入れ違いにジョイスが戻ってくる。
「ごめん、見てなかった」
「お、同じく」
「ひでえ!って、次はお前さんとアリサか。頑張れよ!」
ジョイスの激励に、ラミネスは笑顔で応えた。
「………よし、そいじゃあアリサにもバレちまった事だし、遠慮しないで力を使うか!」
俺は腕を捲り上げ、精神を集中する。

『続きまして!本日の事実上の決勝戦にしてメインイベントとなりますこの試合!むしろ、この一戦の為に今日ここに来たという人もいるんではないでしょうか!』

会場に響くアナウンス。

「力?なんだ、おい。俺のいない間になんかあったのか?」
ジョイスが不思議そうな顔で聞いてくる。
「先輩と、契約を結んだんです。おお、なんかドキドキしてきました!」
ラミネスが、期待を込めた表情で俺の顔を見上げてくる。

『さあ、ここまで危なげなく勝ち進んできた、当学園最強の名を持つこのお方!魔獣使い、アリサ=リックスター!』

アナウンスに、会場がどっと沸く。
恐らくは、今日一番の歓声だろう。
それだけ、この試合が期待をされていたのだ。
初めて使う竜言語魔法。
ドラゴンは、魔力の塊と言われるほどに高い魔力に溢れている。
竜言語魔法は、契約を結んだドラゴンから魔力を引き出し、それで魔法を使うのだ。
俺は息を吸い込むと、ラミネスに手をかざす。
そのまま。
一息に。
「『速度増加』!『筋力増加』!『体力増加』!『魔法抵抗力増加』!」
俺が早口で唱える竜言語魔法に、ラミネスの身体が赤く輝く。
「おお………、おおおおおおお、こ、これは、自分で考えていた想像以上の………っ!」
ラミネスが拳を握り締め、赤く輝く自分の身体と手足を見つめ、感動した様な声を上げる。
「『皮膚強度増加』!『感覚器増加』!『状態異常耐性増加』!ついでにこれもだ、『ブレス威力増加』!」
「お、おいおいマジかよ………。これが、ドラゴン使いの、力ってやつか………?」
隣で見ていたジョイスが、感嘆の声を出す。

『そして、こちらも同じく全試合を一撃必殺で勝ち進んできたドラゴンハーフ!武闘家、ラミネス=セレス!』

アナウンスが響き渡り、再び会場に歓声が轟く。
「おし、行ってこい!」
ラミネスが、自信たっぷりに頷いた。
「はいっ!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「準備は終わった?」
ステージに上がってきたラミネスに、アリサが言った。
「ばっちりです。もう今の私は漲ってますよ?」
ラミネスの返事に、満足気にアリサが笑った。
「ふふっ、嬉しいわ。魔獣使いってね、その気になれば、飼ってる魔獣を全部呼べるの。でも、今まで全員出してあげたことがなかったのよ。………でも、あのバカなりに考えたわね。控え席から支援魔法を行使するなんて。これじゃ、術者を襲うこともできないわ。うまくドラゴン使いの弱点を補ったわね?」
「なんか、楽しそうですねアリサさん」
身構えるラミネスに、更にアリサが嬉しそうに笑った。
「楽しいわよ?だって、あなたも本気出す前に試合が終わっちゃったらつまらないでしょう?誰だってそうよ。磨いた技を振るいたい。鍛えた身体を使いたい。そして私は、鍛え上げて、ここまで育てた魔獣達を、思い切り戦わせてあげたい」
「では、私も出し惜しみは無しで、最初から全力で行かせてもらいますよ?」
「期待してるわよ、ラミネス。この子達は、そこらの怪物とは訳が違うわよ?」
アリサの足元の影が大きく揺らぎ、そこからいくつもの魔獣が這い出した。
グリフォン、ラミア、ケルベロス。
そして、マンティコアにユニコーンまで。
『おおおお、アリサ選手がマジモードです!魔獣が全部で5体も!さすがにラミネス選手も多勢に無勢か?では、準決勝!試合、開始―!』
開始の声が響き渡り、魔獣達が一斉に動き出した。
ラミネスが魔獣達に身構えながら、息を大きく吸い込むと。

どっっっごおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!

いつぞやの、串焼きを焼いていたのとは訳が違う、桁外れの量の灼熱のブレスを吐き出した!
「きゃーっ!ちょっ、ちょっと!」
さすがにアリサもこれには驚いたのか、慌ててラミネスから距離をとる。
その灼熱のブレスはステージ上の3分の一近くをも覆い、ラミネスに襲いかかろうとしていた魔獣達も、炎から逃れようと逃げ惑う。
「すっげー!なにあれ、ドラゴンハーフすっげー!」
俺の隣でジョイスが叫ぶ。
無理もない、俺だって驚いた。
これほどの規模の炎なんて、現役の冒険者をやっている大魔法使いでもそうそう生み出すことはできないだろう。
会場からは盛大な歓声が飛び交っている。
と、その燃え盛る炎の中、炎を物ともせずに、一匹の魔獣がラミネスの前に躍り出た。
地獄の番犬と呼ばれる、炎に強い魔獣ケルベロス。
ラミネスが炎を吐くのを止め、素早く口元の煤を拭って身構えた。
ケルベロスが唸りを上げる。
「がるるるるるる!」
ラミネスも、負けじと吼えた!
「きしゃー!」
ケルベロスが飛びかかるのに合わせて、ラミネスが地を蹴り、ケルベロスの腹にカウンター気味の飛び蹴りを食らわせた。
「ギャンッ!」
凄まじい勢いでケルベロスが地面に叩きつけられるのと同時に、様子を見ていたグリフォンがラミネスの背後から飛びかかる。
グリフォンは前脚でラミネスを挟み込むと、そのまま翼をはためかせ、空中へと舞い上がる。
ラミネスはそのまま足掻きもせず、首だけを背後のグリフォンに巡らすと、そのまま炎を吐きかけた。
「ピギィッッ!」
鶏肉が焼けるような香ばしい香りが辺りに漂う。
たまらずグリフォンが、ラミネスごと地上に墜落し、激突した痛みと熱さに、じたばたとのた打ち回った。
地上に落ちたラミネスは、何事もなかったかの様に起き上がると、未だ香ばしい香り漂うステージ上で、口の煤とよだれを拭った。
………よだれ?
「ジュルッ」
おい。
「ちょ、ちょっと、うちの子達を食べたりするんじゃないわよ!?」
「かじるのはドラゴンの攻撃方法のひとつですから、それは約束しかねます!」
とんでもない事を言い出すラミネスを、魔獣達は攻めあぐねていた。
やはり、獣に近い魔獣達にとって、炎は恐怖なのだろう。
ラミネスのブレスを警戒して近づけない。
「あなたのブレスは厄介ね!」
アリサが叫び、素早く複雑な印を結ぶ。
「『ファイアシールド』!」
アリサが唱えると同時に、魔獣達が淡い膜に覆われた。
それを見ていたジョイスが叫ぶ。
「あっ、やべえ!あれじゃ炎のブレスが効かねぇぞ!」
「くそう、相変わらずのチート女め!」
さすが最強の名は伊達じゃない。
魔獣を抜きにしても、アリサ単体が強すぎる。
ブレス対策をされた事に気づいたラミネスが、特に気にした様子もなく、真正面からアリサに向かって突っ込んでいく。
そのラミネスの前に、アリサを守るように、ラミアとマンティコアが立ちふさがった。
ラミアがその両手を広げ、ラミネスに飛びかかる。
ラミネスも同じく両手を広げ、まるで力比べをする様に、ラミアと両手の掌同士をつかみ合う。
「おりゃー!」
そんなラミネスの掛け声とは裏腹に、メキメキという音と共にラミアが力で押し負け、悲鳴を上げた。
だが、両手が塞がり、掴み掛っているためにその場を動けないラミネスに、獅子の身体にサソリの尾を持つマンティコアが襲い掛かる。
ラミネスの背後からその首筋に、マンティコアがその尾を刺した!
「あいたっ!くっ、このおおおおおっ!」
本来なら馬をも一瞬で昏倒させる猛毒のはずなのだが………。
「ちょっと、待ちなさいよ!あなた、なんでそんなピンピンしているの!?」
一瞬痛がったものの、平気な顔をしてラミアの腕をひねり上げるラミネスに、アリサが思わず突っ込んだ。
「これ以上ウチの子達を壊される訳にはいかないわ!食らいなさい!『ライトニングブレア』!」
アリサが指先から一条の電撃を放ち、それに打たれたラミネスが、ビクンと跳ねた。
並みの人間に使えば心臓が止まってもおかしくないえげつない魔法なのだが………。
「いたたた、バチッときました………、今度はこっちからいきますよ!」
「あんたちょっと待ちなさいよおおおー!」
かなり上位の必殺魔法を食らっても、いたたで済ませるラミネスに、アリサも引きつった顔でたじろいだ。
元々高い、ドラゴン族の魔法抵抗力。
それが俺の力で格段に跳ね上げられているのだ、そうそうダメージが通るものじゃあない。
「速さと筋力と硬さが増大してる今、ちょっときっついのいきますよ!」
ラミアとマンティコアを振り切って、ラミネスがアリサに接近する。
「やばっ!」
アリサがユニコーンに飛び乗ると同時、ラミネスが、アリサ自身には間に合わないと判断したのか、アリサの足元の、石でできたステージに勢いよく殴りかかる。
「はっああああああああああっ!」
気合の乗った一撃が、ステージ会場の石床と地面に盛大な大穴を開けた!

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「はぁ………、今のは本気でやばかったわ。正直、ここまでだとは思わなかったわよ?」
ユニコーンの背の上から、少し荒い息でアリサが言った。
盛大に吹き飛ばされた石の破片が飛んだのだろう。
直撃を受けたわけでもないアリサが、そこかしこに傷を作っている。
「いくらなんでも強すぎるわね。これは、あのバカの力の影響かしら?それとも、あなた自身の力が大半かしら?」
「さあ、どうでしょうね?ひとつだけ言えるのは、ドラゴン使いが率いるドラゴンは、最強だって事です」
ラミネスの言葉に、アリサが、それでも余裕を崩さず宣言する。
「じゃあ………、これはどう?『ディスペルマジック』!」
アリサのかざした指先から、白い閃光がほとばしった。
それはラミネスの身体に直撃すると、一瞬輝き、俺の力によりラミネスが纏っていた赤い光と共に消え去った。
「えっ?ああっ!」
魔法を解除されたラミネスに、態勢を立て直したグリフォンが飛びかかり、その巨大な前脚の攻撃を、ラミネスはかろうじて受け止めた。
「あああああっ!あのクソ女、俺の魔法を解除しやがった!」
「えっ、やばいんじゃねーの?それ」
「ちょっと、誰がクソ女よ、聞こえてるわよ!」
地獄耳め!
グリフォンをなんとか押し返そうとするラミネスだが、流石に魔法が切れた状態では相手が悪い。
ギリギリと押されるラミネスに、復活したラミアとマンティコアが襲い掛かる。
「ああっ!くっ、くううううううっ!」
ラミアが蛇の胴体でラミネスに巻きつき、抵抗していた両腕を拘束する。
そして、グリフォンが前脚でしっかりと押さえつけた所に、マンティコアが尾の先の毒針をラミネスの目の前に突きつけた。
「勝負あり、ね?」
身動きできなくなったラミネスは、ギリッと歯を食いしばると………。
がりょっ。
目の前のマンティコアの尾にかじり付いた。
「ひぎィィィッ!」
尻尾に食いつかれ、痛みにマンティコアがのた打ち回る。
や、やりやがった!
アリサがユニコーンを降り、ラミネスのコメカミに右手の人差し指を突きつけた。
「ギースの魔法を解除された今、今度は痛いじゃ済まないわよ?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

『決着―!何とも凄まじい試合でした!一年のラミネス選手、実に良く健闘しました!負けたとは言え、本日のメインイベントと呼ぶにふさわしい戦いぶり!ですが二年生の意地を見せたか!アリサ=リックスターの勝利です!』
「………負けちまったなあー」
「だなあ………。ラミネスも頑張ったが、アリサの性能がチート過ぎた。おいジョイス、お前あの化け物女と、全校生徒の見ている前でやりあいたい?」
「………御免こうむりたいなー」
「………そう言うなよ、お前いつも俺に勝ってるじゃん。影が薄いのを何とかしたかったんだろ?」
「………魔獣使いとドラゴン使いって、ライバル同士なんだろ?優しい俺は、ここはお前に譲ってやるぞ?」
次は俺とジョイスの準決勝。
勝ったほうが、大観衆の前でアリサにボコボコにされる栄誉が貰える。
「ああー、疲れた………。ちょっと本気でやばかったわー。あんたが最初からラミネスと組んで二人で出てたら、私が魔法を解除してもまた強化魔法を掛け直せる分、私の方が負けてたかもしれないわね。まあ、その時はあなたを真っ先に狙ってただろうし、ここまで戦えなかったかしら?ふふっ、ラミネスが優勝できなくて残念だったわね」
控え席に戻って来たアリサが、疲れた表情ながらも、俺にどうだと言わんばかりにふっと笑った。
「ぐぬぬ………」
悔しがる俺の隣で、ジョイスがつぶやく。
「………あれ?あの一年、どこにいった?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

そこはジハードを繋いである、控え席から少し離れた場所。
「う………、ううーっ………………」
ラミネスは、そこに居た。
「悔しい、悔しいよ!ううー………」
ラミネスは一人、ジハードの巨大な身体に額を預けて泣いている。
「ジハードさん、ごめんなさいっ!私、ドラゴンなのに、負けちゃった………っ!」
ジハードが、言ってる事を理解してるのかしてないのか。
ジハードの肩に両手を置き、額を当てて泣くラミネスの顔に、ジハードが鼻を寄せる。
「ドラゴン使いの先輩の力まで借りたのにっ!それでも負けちゃった………、ごめんなさいっ!先輩、ごめんなさいっ!ジハードさん、ごめんなさいっ!ドラゴンは最強のはずなのに!ドラゴンの誇りを汚して、ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」
ジハードが、泣いているラミネスの匂いをクンクンと嗅いでいる。
その姿を。
「………おいギース、お前が声かけてやれよ」
「………声かけるって言ったって、一体なんて言ってやればいいのやら………」
ラミネスを捜しに来た俺とジョイスは、その姿を見てラミネスに声をかけるのを躊躇していた。
「ん………、ぐすっ、ジハードさん?」
ジハードが俺の匂いを嗅ぎ取ったのか、陰から見ていた俺とジョイスに気づいた様だ。
そのジハードの行動で、ラミネスも俺達二人に気が付いた。
「………えへへ、負けちゃいました………」
言いながら、目尻に涙を溜め、恥ずかしそうにうつむくラミネス。
「ああー………なんつーか、なあ?よくあそこまで戦ったと思うぜ、俺は。さすがドラゴンハーフってな。正直、俺なら1分ももたねえよ」
「うんうん。はっきり言うが、あのチート女が異常なだけで、負けたことはちっとも恥ずかしいことなんかじゃないぞ?」
ジョイスと俺が慰めるも、ラミネスはちょっと寂しそうな顔で、へへへと頭を掻く。
「先輩、ごめんなさい、優勝できなくて………。それより、二人とも私のところに居ていいんですか?次は二人の試合では?私は負けちゃったから控え席には戻れませんけど、観客席で二人が戦うのを応援してますよ」
「ああ、お前が盛大にステージ壊したから、今は試合の準備中だってさ。それより、優勝の件は気にするな。もうアリサも怒ってないみたいだし。それより、試合が終わったら、約束してた高級ドラゴンフードじゃなくて、最高級のやつを奢ってやろう。めちゃくちゃ頑張ったご褒美だ!」
「な、なんですって!最高級………最高級………」
「これでもかってぐらい、腹いっぱい奢ってもらえよ。あれだけ頑張ったお前さんには、それだけの権利があるぜ」
「ちょ、ちょっとは遠慮しろよ?なあ?」
俺とジョイスのやりとりに、ラミネスが笑い出した。
「ありがとう、元気でました!私、観客席で応援してますね!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「………いい子だな、若干抜けてるとこがあるけども」
「そう言うな、そこもラミネスのいい所だ」
ラミネスが観客席に向かうのを見送って、俺とジョイスはつぶやいた。
「………なあ、ジョイス、頼みがあるんだけどいい?」
「なんだ?あの子の敵討ちに、アリサを倒せとか言われても無理だぞ」
「そんな事はわかってる。俺に、次の試合譲ってくれない?アリサとやってみたいんだわ」
その言葉に、ジョイスがうへえと顔をしかめる。
「お前、正気か?多分だけども、お前がやるより俺がアリサと試合した方が、まだ怪我は少ないと思うんだが。俺はアリサに恨み買う様な事はしてないし。いっそ二人で棄権しちまうってのはどーよ?どうせ勝敗見えてんだからさ」
俺を気遣うジョイスに、俺は軽く息を吸い、
「見てろ?」
そう宣言すると。
「『ファイアーブレス』!」
ぼうっ!
ジョイスの前に、小さな炎を吐き出した。
「うおっ!なんだこれ!なんでお前が炎を吐けるんだよ!」
驚くジョイスに、俺はふふんと胸を張る。
「お前、俺の志望職業忘れたのか?ドラゴン使いは、契約を結んだドラゴンに力を与えるだけじゃない。契約したドラゴンから、力を分けてもらうこともできるんだ。ラミネスはドラゴンハーフとはいえ、当然俺にだって恩恵がある。純血のドラゴンからもらえる力ほどじゃあないが、身体能力だって上がってる。今の俺はもう一般人じゃあないんだぜ?」
「へええー。………いやでも、こん位でどうにかなる相手じゃないだろ?お前が以前より強くなったのは分かったが、あの子よりも強くなったとは思えねーよ。やめといた方がよくないか?そこまでこだわる理由ってなんだ?こんな事で怪我なんかしたらバカらしいだろ」
正論を言うジョイス。
それはそうだ。こんな事して、アリサに勝てる訳もないし、意味もない。
しかし、それでも理由はある。
「ドラゴン使いだからなあ………」
それが、理由。
「ああ?」
怪訝な顔をするジョイス。
「俺がドラゴン使いだからだよ」
そう言って、ジハードの頭に手を置いた。
「こいつらを見ろよ。こんなに大きく、そんでもって俺やお前なんか、一撃で捻り潰せるんだぜ?でもなあ………」
ジハードが、俺が頭に置いた手を、クンクンと匂いをかいでいる。
「俺は、こいつらの飼い主だからな。ラミネスとは仮とはいえ契約を結んだんだ。それがやられて泣いてたら、主としてなんかしてやらんといかんだろ。それが、例え俺がこいつらより弱くてもだ」
「………お前、恥ずかしいな。でもちょっと格好よかった」
「え、マジで?………今のセリフ、また使えるようにメモっておこうかな」
「………ごめん、俺の錯覚だったみたいだわ。それじゃあ、俺は棄権させてもらうかね。観客席であの子と一緒に応援してやんよ」
「お、悪いな。さすが閃光のジョイス、話が分かるな」
「てめえ、いい加減その呼び方をやめろ!後、この際だから言っとくがなあ、俺の名前は………」
「?どうしたんだジハード、いつもより甘えてくるな?」
「おい、聞けよおおおおお!」
ジョイスが何か言いかけるがどうせ大した事ではないだろう。
それよりも、最近落ち着きを持ってくれていたジハードが、俺の方をジッと見て、やたらグイグイと頭を押し付けてくる。
ずっと控え席に居たので、寂しかったのかもしれない。
「まいったな。ジハードは試合には連れてかないで置いていこうと思ってたのに」
「へ?なんでだよ。一応連れてけば、何か戦力の足しになってくれるんじゃないのか?例え契約してなくてもさ」
そうは言っても、相手はあのアリサだ。
グリフォンまでいるのだから、ジハードに怪我をさせないとも限らない。
「置いてくよ、危ないしな。ちょっと行って来るから、いい子にしてるんだぞジハード」
そういって、俺は会場のステージに向かおうと、ジハードに背を向ける。
そのまま数歩歩いたとこで、突然後ろから衝撃を受け、俺は地面にすっ転がされた。
俺が後ろを振り向くと………、
「………ジハードー、頼むよー。いつもいい子なのに、なんでこんな時に限って聞き分けないんだ。お前にも、今日は最高級ドラゴンフードを食わせてやるから………」
俺の後ろからぶつかってきたジハードに、大人しくしてくれと手を伸ばす。
その俺の手のひらに、ジハードが頭をなでて欲しいのか、グイグイと頭を押し付けてきた。
「よしよし、ここでいい子にしててくれたら、ちゃんと帰りにおいしいご飯買ってやる………か………ら………」

言いかけていた、言葉が詰まる。
ジョイスが、それを呆然と眺めながら。

「お………、おい、ギース、おい………、おい!これって、お前………」

ジョイスに言われるまでもない。
俺がジハードに手を置いた、ジハードの額に当たる部分。

そこが、赤く輝いていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「よう、隣いいか?」
観客席で最前列に立つラミネスに、声を掛けてきた者が居た。
「あ、ジョイス先輩。どうしたんですか?もうすぐ試合なのに、こんな所に居ていいんですか?」
「おう、試合なら棄権してきた。後の事はギースの奴に任せてきたぜ」
「ええっ!?き、棄権?私、てっきりジョイス先輩が決勝に行くもんだと思ってました。どうしたんですか、一体?」
ラミネスの言葉に、ジョイスが楽しそうに笑う。
「へっへ、まあ見てろって。ちょっと、面白いことになってきたぞ?」
ざわめく会場内に、放送部のアナウンスが響き渡る。
『えー、大変お待たせいたしました。ようやくステージの補修も終わり、試合が再開できそうです!さあ、続きまして!貧弱職と軽視され続けたスカウトが、まさかの快進撃!閃光の………、え?なに?』
アナウンスをしていた放送部が、何かを話している。
『………えー、ここでお知らせが。ええと、試合を予定していました閃光のジョイス選手が、前試合で足にダメージを負い、今大会は棄権と言うことだそうです』
会場内がざわめいた。
「んだよー、もう見所ねえだろ」
「じゃあ、あのえせドラゴン使いとアリサお姉さまの対戦?あーあ、つまんなくなっちゃったなー。お姉さまじゃなかったらもう帰ってるとこだわ」
「もう見る必要もないな。どうする?帰るか?」
そこかしこでブーイングや非難が飛ぶ。
『えー、というわけで、アリサ選手とギース選手の決勝戦という事になってしまいました。もう、ちゃちゃっといっちゃいましょう!ラミネス選手との激戦の末、見事決勝進出!アリサ=リックスター!』
アナウンスに、アリサがめんどくさそうにステージに上がる。
アリサがステージに登ると、客席からはブーイングもぴたりと止んだ。
『続きましてー!さあ、まさかのハッタリでここまで勝ち残ってきたこの男!メッキが剥がれた所で、よりにもよってこの対戦相手は天罰か!?ギース=シェイカー!』
「帰れー!」
「時間の無駄だろ、棄権しろー!」
あちこちで野次が飛ぶ中、ラミネスが心配そうにジョイスに尋ねる。
「あの、ジョイス先輩、ギース先輩ほんとにアリサさんとやるんですか?その、いくら私と契約してるからって、相手が相手ですし、棄権した方がいいんじゃないかと思うんですが………」
そういって、周りの野次を飛ばす観客達を不安そうに眺め回す。
「だいじょぶだいじょぶ。あいつは、お前さんのご主人様なんだろ?なら、信じて応援してやれって」
「はぁ………」
腑に落ちない表情で、ラミネスが不安げな視線をステージに送る。
その視線の先には、会場からバッシングされる、ジハードを連れたギースの姿。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ねえ、なんであんたが来るのよ?まあ、ジョイスが来たって勝負になる気はしないけど、あんたなんてお話にならないでしょ?ラミネスとの戦闘で疲れてるのよ。もうそこまで怒ってないし、私が優勝しても酷い事はさせないわよ。せいぜい一日私の使い走りになってもらうぐらいで。棄権してくれない?」
本当に、ラミネスとの準決勝は疲れたのだろう。
アリサが、ぐったりした顔でめんどくさそうに言ってきた。
「まあ、そう言わずに。俺にもちょっとは格好つけさせてくれよ。俺、この大会でいいとこないだろ?」
俺の言葉に、アリサが深いため息を付いた。
「あんたねー………。ちゃんと分かってるの?あんただけじゃなく、そこのジハードまで怪我する事になるわよ?」
「お前こそ、あんまウチのジハードを舐めてると、痛い目見るかも分からんぞ?」
アリサの表情が強張った。
「………あんた、何言ってるか分かってんの?あなたのところのドラゴンが強かったのは、優秀なドラゴン使いに使役されていた昔の話。あなたは、ただの落ちこぼれでしょ?優秀な一族のドラゴン使いさん?」

言うなあ………。

「俺は、ドラゴンに好かれる体質らしい」
「………それが?」
俺の言った言葉の意味が分からず、アリサが冷たい視線を向けてくる。
「知ってるか?魔獣使い。優秀なドラゴン使いの条件の一つは、ドラゴンに好かれ易い事らしいぞ?」
「………もう、会話は要らないみたいね?」
「なんだ、お前そんなに俺とお喋りしたかったのか?だからお前はツンデレだって言ってんだよ」
「………………」
アリサが無言で、氷点下な視線を送ってきた。
シャレの分からない奴め。
『なにやらヒートアップしている両者ですが、そろそろ開始してもいいのでしょうか?開始の合図と同時に、ギース選手が蒸発しそうで怖いのですが』
放送部のアナウンスに、会場内に笑いが広がる。
「ギース!悪いこといわんから棄権しろー!」
「あんた、もう引っ込みなさいよ!お姉さまの表彰式が見たいのよ!」
「帰れー!」
観客席から野次が飛ぶ。
もう、こいつらにブレスの一つでも食らわしてしまおうか。

俺が、そう考えていた時だった。
ステージ上の俺とアリサが、巨大な影に包まれる。
それが翼を広げたのだ。

……俺の後ろに従っていたジハードが。

ジハードは、後ろ脚で立ち上がり、大きく翼を広げている。
会場中、すべての人間を威嚇するかのように。
その姿に、会場内のざわめきが静まり返る。
シンと静まり返った会場で、恐る恐る、アリサがぽつりとつぶやいた。

「………………………………な………なにかな?」

ジハードは、息を吸い。

『ゴルルルオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
「ひいいいいっ!」
「わああああああ!」
「に、逃げろおおおおお!」
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
「きゃあああああああっ!」
「ちょ、た、助けてぇっ!」
『うひいいいいいいっ!』
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

雷鳴のような凄まじい咆哮を上げた。

衝撃で、気を失った者、かけていたメガネにひびが入ったもの。
そして………

「………………ぐすっ」

真正面から咆哮を受け、驚いたのか怖かったのか、涙目で、無言で立ち尽くすアリサの姿。
会場が静まり返る中、俺はポツリとつぶやいた。
「『速度増加』」
ジハードの巨体が赤い光に包まれる。
「………えっ?」
アリサが、俺が竜言語魔法を唱えたのに気づいた様だ。
ズンッ!という重い音と共に、後ろ脚で立っていたジハードが地面に前脚を下ろし、肉食獣が獲物を狙う前の前傾姿勢の構えに入る。
「『筋力増加』」
「ちょ、ちょっと!」
メキメキッという音と共に、目に見えてジハードの身体が肥大する。
「なんだ?試合前に補助魔法をかけるのは、別に禁止されていないだろ?『体力増加』」
『これは………、どうやらギース選手、契約が完了していた模様です………!』
放送部員のアナウンスが流れるも、会場からはほとんど声も聞こえない。
「『魔法抵抗力増加』。『状態異常耐性増加』」
「………本気で相手をしてあげるわ」
アリサの足元から、陰を揺らめかせ、数多の魔獣が湧き出した。
「『皮膚強度増加』………試してみればいいが、ジハードには、ラミネスに使ったディスペルマジックは効かないと思うぞ。なんせ存在自体が魔力の塊の、純血のドラゴンだ。害をなす魔法はほとんど無効化しちまうからな」
ジハードの鱗から、ギシッっという引き締まる様な音がした。
「分かってるわよ、そんな事。なら、こっちもこうすればいいだけよ!」
アリサが魔獣に手を向けた。
「あなた達は私が守ってあげるわ。『ファイアシールド』!そして、『ボディプロテクション』!」
ファイアシールドってのは炎を無効化する奴か。プロテクションってからには、防御を固める魔法だろう。
「『感覚器増加』!『ブレス威力増加』!」
そういやウチのジハードは、電撃ブレスを操るって言うのは、アリサに教えてなかったな。
まあいいか。
後は、ラミネスが言っていた、あの魔法。
「『本能回帰』」
これでジハードが好戦的になるらしいが、すでにやる気になってくれてる以上………ッ!?
「ガフッ!ガッ、ゴルルルルルルッ、ガルルルルルル………」
ジハードの様子が突然変わった。

『ブラックドラゴンは、どんなドラゴンよりも凶暴、凶悪』

そんな、ラミネスの言葉が頭をよぎる。
だが、今はそんな事よりも………
「な………んだこれ………」
頭に流れ込んでくるのは強烈な殺意と破壊衝動。
「キイイイイイイイイイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」
今までは威嚇程度だったジハードが、その赤い瞳を爛々と輝かせ、涎を垂らしてアリサと魔獣を見つめている。
「ちょ、ちょっと!分かってるんでしょうね?これは殺し合いじゃなくて試合だからね!?」
この流れ込んでくる強烈な感情は、ジハードのものだろう。
「あ、ああ………や、やばい………」
ジハードの鎖を握る、もう反対側の空いた片手で、ふら付く自分の頭を抑える。
「あ、あんた、どうしたの!?や、やばいってなによ!ていうか、あんた………目が………」
アリサが、世界が、赤く映っていた。
今の俺は、ジハードと同じ色の目をしているのだろうか。
ああ、壊したい、襲いたい。
目の前のアリサを嬲りたい。
圧倒的な力でひれ伏させ、絶望した顔を見てみたい。

アリサを殺して………。

引き裂いて。

その肉を、

食べてみたい。


俺の視界が真っ赤に染まる、その時だった。

「せんぱーい!ふあいとおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

緊迫した空気の中、聞きなれた後輩の声援が轟いた。
なんて空気を読まない奴。
「ゴルルルルルッ、グルアアアアアアア!」
ジハードが、アリサに向かって地を蹴った!
が、アリサに届く前に、魔法の鎖の力により、一定以上進めない。
「ひいっ!」
アリサが泣きそうな顔でステージギリギリまで下がり、魔獣達が庇うように前に出る。
「まだだ、ジハード。まだ、もうちょっと待て」
ラミネスの声援で落ち着きを取り戻した俺は、放送席の方に目をやった。
『あ………、え、えっと、始めても?』
放送部が確認するように、恐る恐るアリサを見る。
「………いいわ、来なさい、シェイカー家のドラゴン使い!私は、ご先祖様とは違って、ドラゴン使いになんかに負けないわ!」
「………いくぞ、リックスター家の魔獣使い。俺が優勝した暁には、俺の一日メイドにでもなってもらおうか!」
「私が優勝した暁には、あんたは一日人間椅子にでもしてあげる!」
シン、と会場が静まり返る。
放送部の一年が、うわずった声で叫んだ。
『試合、開始―!』
「かかれえええええっ!」
「『制限解除』ぉおおおおお!」
アリサが魔獣達に命令し、俺の制限解除の声と共に、ジハードを拘束していた鎖が消えた。
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
生物とは思えない勢いで、まさに稲妻のごとく、ジハードが魔獣達の真っ只中に飛び込んだ!
「きゃあああああああっ!」
とっさにアリサを咥えたケルベロスが、素早く横に飛び退いた。
ケルベロス以外の魔獣達は、一瞬の間にジハードに蹴散らされる。
ジハードに踏まれたマンティコアが弱弱しい悲鳴をあげ、逃げ遅れたユニコーンが、強靭な尻尾で跳ね飛ばされ動かなくなる。
グリフォンにいたってはのど元に食いつかれ、小さな悲鳴をあげていた。
「わ、わああああああああああああっ!」
あっという間の自分の魔獣達の惨状に、アリサが泣きそうな声を上げる。
その声に、ジハードが咥えていたグリフォンを放し、アリサへゆっくりと振り向いた。
ジハードとアリサの間にケルベロスが健気にも立ちふさがる。
アリサがそれを見て、素早く立つと、俺に向かって駆け出した!
そのまま俺に向かって指を指し、一声叫ぶ。
「ラミア――――――――ッ!」
アリサの影が揺らめくと、一匹の蛇女が飛び出した。
それが俺を目がけ、飛びかかる!
やっべえ、魔獣全部出してなかったのか、数を確認してなかった!
「ゴルルルルルルルルルルルルルルッ!」
ジハードがアリサを目がけ、咆哮を上げながら向かっていく。
「がるるるる!」
そのジハードに向かって、果敢にもケルベロスが立ちふさがり、吠え立てた。
さらにジハードの後ろから、トドメには至らなかったらしいグリフォンが飛び掛かる。
グリフォンがそのクチバシと前脚でジハードの尻尾を捕まえ、翼をはためかせて引き留めようとするが……。
だがジハードは、尻尾を捕まえるグリフォンなど気にもかけずに、アリサに向かってステージに敷かれた石タイルを砕きながら突き進む。
俺は眼前に迫るラミアに向かって、息を大きく吸い込んだ。
「これでも食らえ!『サンダーブレス!』」
「ヒギャアッ!」
俺の口から放たれた強烈な電撃が、ラミアに当たり、弾き飛ばす!
「ぎゃー!目、目があああああああ!」
そして俺は、自分で放ったブレスの閃光に目を焼かれ、両目を押さえて、ラミアと共に地面をのた打ち回っていた。
「あ、あんたは何をやってんの!あ………そうか、これならっ!」
アリサはジハードの方を振り向くと、ジハードに向かって指を突きつける。
「ゴルアアアアアアアアアアアアアッ!」
ジハードがグリフォンを地響きを立てて引きずりながら、ケルベロスへと飛び掛った!
「キューン………」
迫るジハードの勢いに、本能的な恐怖に身動きをとれず、小さくなるケルベロス。
それにジハードが食らい付く………!
その寸前で、アリサが叫んだ。
「『フラッシュサイト!』」
「ギャンッ!」
ジハードの悲鳴が聞こえ、それから地響きと共に重い何かが地に落ちる音。
「ジハード!どうした!」
未だに視力が回復しない俺は、ジハードに何が起こったのかわからない。
閃光の魔法で視力を奪われ、地面に落とされたのだろうか。
「今よ!あいつを押し潰しなさいっ!」
アリサの声に嫌な予感がしてその場を飛び退くが、俺は何かに押し倒される。
そして、
「ぐっはあああああああ!」
何か、巨大な物にのしかかられた。
「ギース、勝負あったわね!あんたの上には今、ケルベロスとグリフォンが乗ってるわ!ジハードは目をやられて動けない!どんなに魔法抵抗力が高くたって、単純な光には目だって眩むわ。降参しなさい!でないと、強力な魔法を叩き込むわよ!」
これは、あかん!
ジハードからの力をもらって身体能力が跳ね上がってるが、それでも上に乗っている魔獣に押し潰されない様にするのが精一杯だ!
「さあ、降参しなさい!視力が回復するまでは待てないわ。降参しない………なら………」
アリサの声が小さくなる。
それと同時。
俺の頭の中に、さっきの強烈な感情が吹き荒れた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

目の前が赤くなり、視力が急激に回復していく。何が起こったのか、かろうじて頭を上げてアリサとジハードを見ると………。
ジハードが、真っ直ぐに俺を見ていた。
魔獣に乗られ、足掻く俺。
そして、その俺に指を突きつけるアリサの姿を。
視界が真っ赤に染まっていく。
頭の中に感情の奔流が吹き荒れる。

殺す、許せない、許せない、大切な、大事な、許せない、殺す、壊す、引き裂いて、八つ裂きにして、許せない、許せない、許せない、許せない!


お前は、我が主の敵だ!


「ぐぐぐぐぐ、ぐががががが………!」
視界が赤く染まるごとに身体に力が漲ってくる。
俺は、ゆっくりと、ゆっくりと魔獣を乗せたまま立ち上がり………
「う、嘘………でしょ………」
アリサが呆然とつぶやく中、
バサァッ!という音と共に、ジハードが翼を大きく開いた。
「ぐぐぐぐ、グガガガ、ガルルルルルルル!」
俺はドラゴン達の様な獣じみた声を上げながら、魔獣達を持ち上げていく。
遠目にはジハードが、四肢をステージの石に食い込ませ、しっかりと身体を固定した。
「ちょ、う、うそ………」
アリサがその場にへたり込む中、俺は持ち上げた魔獣二匹をぶん投げた!
地面に叩きつけられ、起き上がろうとする魔獣を無視し、俺はそのままアリサに駆け出す。
アリサの遠く後ろでは、ジハードが息を深く、深く、吸い込み続けていた。
「ガルルルルルル!ゴガアアアアアアアアア!」
俺は本能のまま咆哮を上げ、そのまま低い態勢で、地面を引っかき、蹴りながら、アリサの元へ突っ込んでいく。
やたらステージの石に爪が引っかかると思って見れば、爪が異様に伸びていた。
その先はドラゴン族の爪の様に、硬質的で、長く、鋭い。
「あ………、あ………、ら、『ライトニングブレア』ッ!」
アリサが俺に向かって魔法を放つ。
だが、ジハードの力の影響で魔法抵抗力が跳ね上がり、しかも雷撃ブレスを操る俺に、雷撃魔法が効くはずもなく。
アリサが放った魔法は俺の体の表面で、簡単に弾かれた。
俺は、アリサの目前にたどり着くと………!
「ッ!」
目をきゅっと瞑ったアリサの両肩手を、がしっと掴み。
「俺の………勝ちだろ………?」
荒い息で、なんとかそれだけをアリサに伝える。
「………えっ?」
恐る恐る目を開けるアリサに、俺はジハードと同じ赤い目で、笑いかけた。
「俺の勝ちだろ、魔獣使い?」
「………あ、あんた………」
アリサが、呆然とした表情を浮かべた後。
アリサが、ほっとした様な顔になり、目に涙を溜めて笑い返す。
そして。

「「先輩(ギース)―!後ろ――――――――――――!」」

観客席から響く聞きなれた叫び声。
俺とアリサは、その声に後ろを振り向いた。
バリバリと、素人の目で見ても即座に分かる量の凄まじい静電気。
それが、ジハードの口の周りから聞こえてくる。
ジハードが大きく開いたのどの奥に、青白い光が灯った。
「………………っだあああああああああああああああああ!」
「きゃああああああああああああああああああ!」
アリサを思い切り突き飛ばしたその直後。
俺は、光に包まれた。

9 件のコメント:

  1. なぜジェノスが感謝しないといけないのかがわからん

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    1. ガチガチに緊張していたのをギースの悪ふざけで緊張がほぐれてベストな状態になったからです

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    2. ジェノスwww

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  2. やばいこの回好きすぎるwww

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  3. めちゃテンションあがるw

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  4. ネタが多いっていうか、とにかく面白すぎるw

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  5. 制限解除〜は六号で笑った

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  6. 爆裂魔法も耐えそうなドラゴ...いやどうなんだろう

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  7. 閃光のジョイス

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